桜ノ丘の約束-10年前の後悔-

5. 村瀬先生との再会
　
　村瀬先生は、ベッドの上に座っていた。
　痩せ細った身体、青白い顔。
　しかし、彼はそれでも彼らの顔を見ると微笑んだ。
「……よく来たな。」
　その言葉に、誰もが胸を詰まらせた。
「先生……。」
　智香が最初に口を開く。
「……ごめんなさい。もっと早く来るべきだったのに……。」
「何を謝ることがある。」
　先生は、静かに首を振った。
「お前たちが、こうして集まってくれた。それだけで、私は十分だ。」
　将貴は、先生の手元に目をやる。
　そこには、一冊のノートがあった。
「先生、それ……。」
　先生は、少し力を込めてノートを持ち上げた。
「……これはな、お前たちにどうしても伝えたかったことを、書き留めておいたものだ。」
　彼の言葉に、一同は息をのむ。
　「伝えたかったこと」——。
　それは、この10年間で彼らが避け続けてきた、あの事故に関することなのか。
　「……先生。」
　将貴が言葉を選びながら問いかけようとしたその時。
　——ゴホッ、ゴホッ！
　突然、先生が激しく咳き込み、ノートが床に落ちた。
「先生！」
　彼らは一斉に先生の身体を支えようとする。
「……すまない、大丈夫だ。」
　先生は微笑むが、その目はどこか悲しげだった。
　「……お前たちには、伝えなければならないことがある。」
　しかし、その言葉の続きを聞く前に、医者が病室に入ってきた。
「すみません、先生はお休みにならなければなりません。」
　彼らは仕方なく部屋を後にする。
　扉が閉まった瞬間、将貴は拳を握りしめた。
　「……先生、何を伝えようとしていたんだ？」
　その疑問は、彼ら全員の胸に重くのしかかっていた。
（第2章・終）