桜ノ丘の約束-10年前の後悔-

1. 都会のオフィスに響くキーボードの音
 
 オフィスビルの上層階にある一室に、キーボードを叩く音が響いていた。
 モニターに映し出されたコードを睨みながら、将貴は無駄な動作一つせずに作業を続ける。オフィスには他の社員もいたが、彼の集中力は研ぎ澄まされ、周囲の会話や雑音は耳に入らない。
「これで、修正完了。」
 小さく呟きながらエンターキーを押す。エラー表示が消え、目の前のタスクが一つ片付いた。
「さすが将貴さん、修正スピードが異常ですね。」
 後ろから部下の吉井が声をかけてくる。将貴は軽く肩をすくめた。
「当たり前だ。納期が迫っている。」
「でも、そんなに詰めてたら倒れますよ?」
「仕事は正確さが最優先だ。休んでる暇はない。」
 吉井は苦笑しながら、それ以上何も言わずに自分の席へ戻っていった。
 将貴はふとモニターの時計を見る。22時を回っている。そろそろ帰る時間かもしれないが、彼の心はどこか満たされなかった。仕事は好きだ。だが、何かが足りない。
 ふと、デスクの上に置かれた封筒が目に入る。それは昼間、郵便で届いたものだった。
 「村瀬誠司」
 差出人の名前を見た瞬間、彼の胸にかすかな痛みが走る。
 村瀬先生——彼の高校時代の恩師。
 10年ぶりに見る名前だった。