私は昨日と同じように、ショッピングモールから出ているバスに乗り、自宅最寄りのバス停より三つ先で降りた。
バス停から近くてよかった、と思いながら七曜邸へ行き、インターフォンのボタンを押す。
機械の向こうで応対してくれたのは、日和さんだった。
彼は私の突然の訪問に驚いた様子はまったくなく、私が名乗った途端、「分かった。待ってて」と言って通話を切った。
「突然来てしまって、ごめんなさい」
門を開けてくれた日和さんへ、私は開口一番謝る。
「ごめんは不要だよ。記憶がリセットされなかったんだよね? それなら気になりまくって、うちに来てしまっても仕方ない」
「ループしているといっても、昨日と――前回の七月十三日とまったく同じ、というわけではないんですね」
「うん。――事情を知らない人に聞かれるのはまずいから、家の中で話そうか」
日和さんは私を昨日と同じ、広い座敷に通してくれた。
「あの、ツキさんと雷火さんは……」
「ツキは行方不明のままだし、雷火も天岩戸に閉じこもったまま。スイは今めんつゆを買いに行ってて……刻国さん、もうお昼ご飯は食べた?」
「いいえ、まだです。――って、ごめんなさい! 時間考えないで訪ねてしまって……」
腕時計を見れば、時計の針は十一時五十分を指している。
お昼時に訪ねちゃうなんて、私のバカー!
「あはは、そんなにもループのことが気になってたんだね。お昼ご飯まだなら、一緒に食べよう」
「そんなの悪いです」
「少し前に、そうめんを食べきれないほどもらったんだ。消費するの、協力してくれない? ついでに、ゆでるのも」
「……なら、お言葉に甘えさせて下さい。ありがとうございます」
私は荷物を座敷へ置き、日和さんについてキッチンへ行く。
とても大きくて広い七曜邸だから、キッチンも広々としていた。
そうめんをゆでるため、大きなお鍋に水をたっぷり入れ、コンロにかける。
「何故私の記憶はリセットされなかったんでしょうか?」
水切りかごの中から菜箸を取り出す日和さんに、私は尋ねる。
「うーん……守護者である俺たちが秘密をバラして、日が進む仕組みを知ったから、かな?」
「やはりそれが理由でしょうか。――あの、雷火さんはこの暑い中、物置小屋に閉じこもっていて大丈夫なんです?」
「あそこはプチ天岩戸だから、洞窟みたいなものなんだ。よって、中はむしろ涼しいくらいでね。熱中症にはならないよ」
「それならよかったです。それにしても……雷火さんも守護してる火曜日の、世間的評価に不満があったんですね」
嫌われるのは、当たり前に嫌。
だけど、空気扱いというのも、嫌われるのとはまた違う嫌さがあるよね。
私も地味で目立たない存在だから、たまに自分がクラスの中で透明になっているのを感じて――自分の存在意義って何? と悲しくなってしまうから、わかる。
「そうだね」
コンロ前に戻った日和さんが、お鍋の水面を見つめ、短く答えた。
あ。
私の勘違いかもしれないけど……もしかしたら日和さん、昨日より前から雷火さんの不満に気づいていたぽい?
更にそれにプラスして私はもう一つ、『もしかして』を見つけたかもしれない。
「間違っていたらごめんなさいなんですが……日和さんも自分が守護してる、日曜日の世間的評価に不満がある感じ、だったりしますか?」
日和さんは目を大きく見開くと、隣に立つ私の顔をまじまじと見てきた。
「刻国さんは、何故そう思うの?」
「……勘です。あとは日曜日と言っても、サービス業の人は働いているわけで、日和さんは優しいから、そういうので思うところがあったりして? と考えて……」
今日私が水着を買えたのも、店員さんが働いてくれていたからだし。
「刻国さんは、他人の気持ちを察する能力が高いね」
「いいえ、全然です! 最近勘違いして、失敗しちゃいましたし……」
「あれ、そうなの?」
日和さんは面白そうに、少し口の端を上げたんだけど、すぐに真顔に戻して言った。
「俺含めて週末組は、月曜日ほど悪し様に言われることはないし、火曜日みたいに空気扱いされることもない。だけど――……ううん、やめよう。恵まれてる日曜日の守護者の俺は、不満なんて言うべきじゃないよね。今話しかけたこと、全部忘れて」
日和さんは優しく微笑んだけど、それは誤魔化しで、無理をして作った表情だって、鈍感な私でも分かる。
守護者のアレコレについて、部外者の私が口をだすべきじゃない。
でも、言うのを我慢できなかった。
「時と場合と話す相手さえちゃんと選べば、日和さんだって不満を言うの、全然OKと思います! 絶対に!」
「そ、そうかな?」
私の勢いに押された日和さんが、半歩後ろへさがる。
「はい! 今私に言うの、まったくかまいません! 私聞きますし、もちろん絶対他の人には言いません! 約束します!」
日和さんが半歩後ろに下がった分、私は半歩前へ出て言い切った。
すると私の真剣さが伝わったのか、日和さんは少し考える様子を見せた後、おずおずと口を開いた。
「……じゃぁ、絶対に秘密ね。ここだけの話にしてね」
「もちろんです!」
「ツキや雷火と比べたら、本当にささいなことなんだけど……日曜日の夕方くらいから、『もうすぐ休みが終わる』とガッカリされるのが、少し嫌だなって」
「そうだったんですね」
「あーぁ! こんな本音、一生誰にも言うことないって思ってたけど、言っちゃった。絶対に秘密だからね、約束だよ!」
日和さんが怒った演技をしながら小指をつきだしてきたから、私は笑顔で日和さんと指切りした。
「ねぇ。刻国さんは不満とか愚痴とかないの?俺の話を聞いてもらったから、あるなら俺も聞くよ」
「私は……」
美桜ちゃんの顔と、彼女に言われた意地悪な言葉たちが思い浮かぶ。
このことを日和さんに言ったら、陰口になる?
でも私たちは日和さんとは学校違うし、美桜ちゃんの名前を出さなかったら……少しくらいなら……。
日和さんが聞き上手だったのと、思っていた以上にたまっていたらしい不満に、私はたくさんしゃべってしまった。
今日あった、遅刻ジュース事件のこと。
昨日は罠にはめられ、はしごを外されたこと。
そして、「空気読めるつもりで読めてない、ムダに嘘つくオオカミ少女ちゃんだよね!」と、あざ笑われたことなどを。
「罠をはって刻国さんをおとしいれておいて、ムダに嘘つくオオカミ少女よばわりかぁ……底意地悪いね、その子」
私の愚痴を聞いてくれた日和さんは、ストレートに美桜ちゃんを非難した。
「私とその子、たぶん気があわないんです」
「まぁそうなんだろうね。会うたびに意地悪なことを言われるなら」
日和さんの言葉に、私は何と返したらいいか分からなかったので、「お湯わきましたね」と話を終わらせた。
*
ゆでたそうめんを一人分ずつ、氷水を入れたガラス鉢に入れ、お盆に乗せたものを日和さんが持つ。
私は、めんつゆを入れる用のガラス小鉢と箸を三つ持つ。
「さっきの話の続きだけど」
日和さんは両手がふさがっているので、私がキッチンの扉を開けると、不意に彼が言った。
「俺の勝手な想像だけど、遅刻してきた子の母親は、意地悪な子がねだらなくても、おわびとして全員にジュースを買ってくれたんじゃないかな?」
「え?」
これって私が愚痴った、もうとっくに終わった話題と思っていた、遅刻ジュース事件について、だよね?
「だからもしかしたら、意地悪な子はねだったことで、ひそかに株を下げたかもしれない。まぁ小悪魔っぽくねだってくる子が可愛い、という人もいるだろうけど、俺はそういう子はパスだな」
ハハと日和さんは笑い、私が開けた扉をくぐり、廊下へ出た。
「すごく言いにくいだろうけど、刻国さんの友達に言ってみたら?『あの子私のこと好きじゃないみたいで、意地悪言ってくるから、あの子と遊びたい時は私を誘わないで』って」
それは……言われたエマちゃんはどう思うだろう?
気まずいだろうし、ショックを受けるんじゃ?
「同じ学校なら、俺が刻国さんの友達に説明するんだけどな。というか、意地悪さんが毎回意地悪しかけてくるなら、友達も気がついてそうだけどなぁ?」
「エマ――じゃなくて、友達は本当に気がついてないと思います」
エマちゃんはおおらかで、人の悪意に鈍感なところがあるから。
「そっか。ま、言えそうなら言ってごらん。 俺なら、自分が連れてきた友達が、自分が気がつかないうちに意地悪してたら言って欲しいし、気づかなくてごめん! と思うから」
私は「そうですね」と返事をしたけど……言っていいものか、判断に迷う。
「俺はさ、相手を思いやっての嘘は必要だと思う派」
私も廊下に出て扉を閉めると、日和さんが言う。
「私も、私もそう思います! 空気読むこととはズレますけど、やらない善よりやる偽善だと思いますし」
日和さんも私と同じ考えなんだ! 嬉しい!
「そういえば俺、昨日ツキに偽善者って言われたなぁ」
「私は日和さんのことを偽善者だなんて、これっぽっちも思ってません! ツキさんは傷つきすぎて、日和さんの思いやりを素直に受け止められないだけだって考えてます」
私の言葉に、日和さんは嬉しそうに目を細める。
私はそんな日和さんを見て、キュンとときめいてしまった。
イケメンだし優しいしで……そりゃこんな人、老若男女から人気でない方がおかしいですよ!
「刻国さん、優しいね。ありがとう。俺たち、似た者同士だね」
「ええっ!? どこも似てませんよ! 日和さんは天文中学の王子さまだけど、私は九星中学のモブですもん!」
「俺は日曜日の守護者ではあるけど、王子さまではないよ」
日和さんがくすくす笑う。
「俺と刻国さんが似てるなって思うのは、空気読んで調整しようとしたりして、できるだけケンカが起きないように動いてる、人間関係のバランサーのつもりっぽいところ」
「日和さん……」
美桜ちゃんにはいい子ぶってると言われたけど、私にはそんなつもりはなくて。
日和さんが今言った通り、私はできるだけみんながおだやかに一緒にいられたらいいなって考えで、行動しているだけなんだ。
このことを理解してくれる人がいるなんて驚きだし――ちょっと泣きたくなるほど嬉しかった。
*
私と日和さんが座敷へ入ると、めんつゆを買って帰ってきていたスイさんがいた。
箸を持ち、三人でそうめんを食べる。
「引き続き協力して下さるなんて、刻国さんは親切で律儀な方ですね」
「嫌みっぽく聞こえるかもだけど、スイは本当に刻国さんの協力を喜んでいるんだよ」
「ボク、そんなにも誤解を招く言い方してますか?」
「少しね。ほんの少し」
「だ、大丈夫です! 私、分かってますから!」
お昼ご飯を食べながら、午後からどうするかの話しをした。
どうするかと言っても、やれることは昨日と一緒で、ツキさんの捜索と雷火さんの説得だから、その話題はすぐに終わって雑談になった。
「昨日ループした直後、動物たちの鳴き声がすごかったですね」とか、私が昨夜見た変な夢の話をしたりした。
私の左腰から虹がでて、エマちゃんにそれを指摘される夢って……夢占いだと、どういう意味になるんだろう?
昼食後は予定通り、雷火さんに声をかけ、ツキさんを探したのだけど、どちらも成果は上げられず。
明日も月曜日じゃなく、百一回目の七月十三日 日曜日を迎えることになってしまった。
バス停から近くてよかった、と思いながら七曜邸へ行き、インターフォンのボタンを押す。
機械の向こうで応対してくれたのは、日和さんだった。
彼は私の突然の訪問に驚いた様子はまったくなく、私が名乗った途端、「分かった。待ってて」と言って通話を切った。
「突然来てしまって、ごめんなさい」
門を開けてくれた日和さんへ、私は開口一番謝る。
「ごめんは不要だよ。記憶がリセットされなかったんだよね? それなら気になりまくって、うちに来てしまっても仕方ない」
「ループしているといっても、昨日と――前回の七月十三日とまったく同じ、というわけではないんですね」
「うん。――事情を知らない人に聞かれるのはまずいから、家の中で話そうか」
日和さんは私を昨日と同じ、広い座敷に通してくれた。
「あの、ツキさんと雷火さんは……」
「ツキは行方不明のままだし、雷火も天岩戸に閉じこもったまま。スイは今めんつゆを買いに行ってて……刻国さん、もうお昼ご飯は食べた?」
「いいえ、まだです。――って、ごめんなさい! 時間考えないで訪ねてしまって……」
腕時計を見れば、時計の針は十一時五十分を指している。
お昼時に訪ねちゃうなんて、私のバカー!
「あはは、そんなにもループのことが気になってたんだね。お昼ご飯まだなら、一緒に食べよう」
「そんなの悪いです」
「少し前に、そうめんを食べきれないほどもらったんだ。消費するの、協力してくれない? ついでに、ゆでるのも」
「……なら、お言葉に甘えさせて下さい。ありがとうございます」
私は荷物を座敷へ置き、日和さんについてキッチンへ行く。
とても大きくて広い七曜邸だから、キッチンも広々としていた。
そうめんをゆでるため、大きなお鍋に水をたっぷり入れ、コンロにかける。
「何故私の記憶はリセットされなかったんでしょうか?」
水切りかごの中から菜箸を取り出す日和さんに、私は尋ねる。
「うーん……守護者である俺たちが秘密をバラして、日が進む仕組みを知ったから、かな?」
「やはりそれが理由でしょうか。――あの、雷火さんはこの暑い中、物置小屋に閉じこもっていて大丈夫なんです?」
「あそこはプチ天岩戸だから、洞窟みたいなものなんだ。よって、中はむしろ涼しいくらいでね。熱中症にはならないよ」
「それならよかったです。それにしても……雷火さんも守護してる火曜日の、世間的評価に不満があったんですね」
嫌われるのは、当たり前に嫌。
だけど、空気扱いというのも、嫌われるのとはまた違う嫌さがあるよね。
私も地味で目立たない存在だから、たまに自分がクラスの中で透明になっているのを感じて――自分の存在意義って何? と悲しくなってしまうから、わかる。
「そうだね」
コンロ前に戻った日和さんが、お鍋の水面を見つめ、短く答えた。
あ。
私の勘違いかもしれないけど……もしかしたら日和さん、昨日より前から雷火さんの不満に気づいていたぽい?
更にそれにプラスして私はもう一つ、『もしかして』を見つけたかもしれない。
「間違っていたらごめんなさいなんですが……日和さんも自分が守護してる、日曜日の世間的評価に不満がある感じ、だったりしますか?」
日和さんは目を大きく見開くと、隣に立つ私の顔をまじまじと見てきた。
「刻国さんは、何故そう思うの?」
「……勘です。あとは日曜日と言っても、サービス業の人は働いているわけで、日和さんは優しいから、そういうので思うところがあったりして? と考えて……」
今日私が水着を買えたのも、店員さんが働いてくれていたからだし。
「刻国さんは、他人の気持ちを察する能力が高いね」
「いいえ、全然です! 最近勘違いして、失敗しちゃいましたし……」
「あれ、そうなの?」
日和さんは面白そうに、少し口の端を上げたんだけど、すぐに真顔に戻して言った。
「俺含めて週末組は、月曜日ほど悪し様に言われることはないし、火曜日みたいに空気扱いされることもない。だけど――……ううん、やめよう。恵まれてる日曜日の守護者の俺は、不満なんて言うべきじゃないよね。今話しかけたこと、全部忘れて」
日和さんは優しく微笑んだけど、それは誤魔化しで、無理をして作った表情だって、鈍感な私でも分かる。
守護者のアレコレについて、部外者の私が口をだすべきじゃない。
でも、言うのを我慢できなかった。
「時と場合と話す相手さえちゃんと選べば、日和さんだって不満を言うの、全然OKと思います! 絶対に!」
「そ、そうかな?」
私の勢いに押された日和さんが、半歩後ろへさがる。
「はい! 今私に言うの、まったくかまいません! 私聞きますし、もちろん絶対他の人には言いません! 約束します!」
日和さんが半歩後ろに下がった分、私は半歩前へ出て言い切った。
すると私の真剣さが伝わったのか、日和さんは少し考える様子を見せた後、おずおずと口を開いた。
「……じゃぁ、絶対に秘密ね。ここだけの話にしてね」
「もちろんです!」
「ツキや雷火と比べたら、本当にささいなことなんだけど……日曜日の夕方くらいから、『もうすぐ休みが終わる』とガッカリされるのが、少し嫌だなって」
「そうだったんですね」
「あーぁ! こんな本音、一生誰にも言うことないって思ってたけど、言っちゃった。絶対に秘密だからね、約束だよ!」
日和さんが怒った演技をしながら小指をつきだしてきたから、私は笑顔で日和さんと指切りした。
「ねぇ。刻国さんは不満とか愚痴とかないの?俺の話を聞いてもらったから、あるなら俺も聞くよ」
「私は……」
美桜ちゃんの顔と、彼女に言われた意地悪な言葉たちが思い浮かぶ。
このことを日和さんに言ったら、陰口になる?
でも私たちは日和さんとは学校違うし、美桜ちゃんの名前を出さなかったら……少しくらいなら……。
日和さんが聞き上手だったのと、思っていた以上にたまっていたらしい不満に、私はたくさんしゃべってしまった。
今日あった、遅刻ジュース事件のこと。
昨日は罠にはめられ、はしごを外されたこと。
そして、「空気読めるつもりで読めてない、ムダに嘘つくオオカミ少女ちゃんだよね!」と、あざ笑われたことなどを。
「罠をはって刻国さんをおとしいれておいて、ムダに嘘つくオオカミ少女よばわりかぁ……底意地悪いね、その子」
私の愚痴を聞いてくれた日和さんは、ストレートに美桜ちゃんを非難した。
「私とその子、たぶん気があわないんです」
「まぁそうなんだろうね。会うたびに意地悪なことを言われるなら」
日和さんの言葉に、私は何と返したらいいか分からなかったので、「お湯わきましたね」と話を終わらせた。
*
ゆでたそうめんを一人分ずつ、氷水を入れたガラス鉢に入れ、お盆に乗せたものを日和さんが持つ。
私は、めんつゆを入れる用のガラス小鉢と箸を三つ持つ。
「さっきの話の続きだけど」
日和さんは両手がふさがっているので、私がキッチンの扉を開けると、不意に彼が言った。
「俺の勝手な想像だけど、遅刻してきた子の母親は、意地悪な子がねだらなくても、おわびとして全員にジュースを買ってくれたんじゃないかな?」
「え?」
これって私が愚痴った、もうとっくに終わった話題と思っていた、遅刻ジュース事件について、だよね?
「だからもしかしたら、意地悪な子はねだったことで、ひそかに株を下げたかもしれない。まぁ小悪魔っぽくねだってくる子が可愛い、という人もいるだろうけど、俺はそういう子はパスだな」
ハハと日和さんは笑い、私が開けた扉をくぐり、廊下へ出た。
「すごく言いにくいだろうけど、刻国さんの友達に言ってみたら?『あの子私のこと好きじゃないみたいで、意地悪言ってくるから、あの子と遊びたい時は私を誘わないで』って」
それは……言われたエマちゃんはどう思うだろう?
気まずいだろうし、ショックを受けるんじゃ?
「同じ学校なら、俺が刻国さんの友達に説明するんだけどな。というか、意地悪さんが毎回意地悪しかけてくるなら、友達も気がついてそうだけどなぁ?」
「エマ――じゃなくて、友達は本当に気がついてないと思います」
エマちゃんはおおらかで、人の悪意に鈍感なところがあるから。
「そっか。ま、言えそうなら言ってごらん。 俺なら、自分が連れてきた友達が、自分が気がつかないうちに意地悪してたら言って欲しいし、気づかなくてごめん! と思うから」
私は「そうですね」と返事をしたけど……言っていいものか、判断に迷う。
「俺はさ、相手を思いやっての嘘は必要だと思う派」
私も廊下に出て扉を閉めると、日和さんが言う。
「私も、私もそう思います! 空気読むこととはズレますけど、やらない善よりやる偽善だと思いますし」
日和さんも私と同じ考えなんだ! 嬉しい!
「そういえば俺、昨日ツキに偽善者って言われたなぁ」
「私は日和さんのことを偽善者だなんて、これっぽっちも思ってません! ツキさんは傷つきすぎて、日和さんの思いやりを素直に受け止められないだけだって考えてます」
私の言葉に、日和さんは嬉しそうに目を細める。
私はそんな日和さんを見て、キュンとときめいてしまった。
イケメンだし優しいしで……そりゃこんな人、老若男女から人気でない方がおかしいですよ!
「刻国さん、優しいね。ありがとう。俺たち、似た者同士だね」
「ええっ!? どこも似てませんよ! 日和さんは天文中学の王子さまだけど、私は九星中学のモブですもん!」
「俺は日曜日の守護者ではあるけど、王子さまではないよ」
日和さんがくすくす笑う。
「俺と刻国さんが似てるなって思うのは、空気読んで調整しようとしたりして、できるだけケンカが起きないように動いてる、人間関係のバランサーのつもりっぽいところ」
「日和さん……」
美桜ちゃんにはいい子ぶってると言われたけど、私にはそんなつもりはなくて。
日和さんが今言った通り、私はできるだけみんながおだやかに一緒にいられたらいいなって考えで、行動しているだけなんだ。
このことを理解してくれる人がいるなんて驚きだし――ちょっと泣きたくなるほど嬉しかった。
*
私と日和さんが座敷へ入ると、めんつゆを買って帰ってきていたスイさんがいた。
箸を持ち、三人でそうめんを食べる。
「引き続き協力して下さるなんて、刻国さんは親切で律儀な方ですね」
「嫌みっぽく聞こえるかもだけど、スイは本当に刻国さんの協力を喜んでいるんだよ」
「ボク、そんなにも誤解を招く言い方してますか?」
「少しね。ほんの少し」
「だ、大丈夫です! 私、分かってますから!」
お昼ご飯を食べながら、午後からどうするかの話しをした。
どうするかと言っても、やれることは昨日と一緒で、ツキさんの捜索と雷火さんの説得だから、その話題はすぐに終わって雑談になった。
「昨日ループした直後、動物たちの鳴き声がすごかったですね」とか、私が昨夜見た変な夢の話をしたりした。
私の左腰から虹がでて、エマちゃんにそれを指摘される夢って……夢占いだと、どういう意味になるんだろう?
昼食後は予定通り、雷火さんに声をかけ、ツキさんを探したのだけど、どちらも成果は上げられず。
明日も月曜日じゃなく、百一回目の七月十三日 日曜日を迎えることになってしまった。

