「ツキさんの説得、頑張りますね!」
うまく説き伏せることができるか不安な気持ちを隠しながら、私は雷火さんと物置小屋へと続く道を歩く。
「オレらに責任があることだし、巻き込まれたあんたは一ミリも気負うこたねぇからよ。……なぁ刻国サン。アンタ、昔オレと会ったことあるよな?」
「え?」
今日が初対面だと思いますよ?! と、驚いて顔を上げれば、雷火さんの赤い瞳とかちあう。
真っ赤な瞳と髪、精悍な顔、背が高くてガッシリとした身体。
一度見たらそう簡単には忘れないだろう、インパクトのある人だから、過去に会ったことはない……はず。
「去年の冬、電車から降りる時、傘とミカンがたくさん入った袋を忘れかけた奴のこと、覚えてねぇ?」
雷火さんの言葉に、すぐさま私は当時のことを思いだした。
「雷火さんて、あの時の人なんですか?!」
「ん。やっぱオレの顔忘れてたか」
ちょっとコワモテな顔で、雷火さんが苦笑する。
笑うと不良っぽい怖い雰囲気が、一気に減るな。
「ごめんなさい。私あまり記憶力よくなくて……」
「謝るこたぁねぇよ。この目立つ赤毛はほとんどニット帽ん中だったし、サングラスもかけてたし」
今考えるとあの時の雷火さん、声かけにくい格好してたのに、よく私声かけられたな……。
「あん時、『忘れてますよ!』と声かけてもらえて助かったわ。あんがとな」
「いえ、たまたま気がついて、思わず呼び止めてしまっただけなので」
「オレってば、そーゆー小さな助けあいっていうの? 大事だし尊いなって思うから、こんな変な事態に巻き込んで申し訳ねぇけど、また会えて嬉しいわ」
雷火さんがわずかに頬を染め、八重歯を見せてにかっと笑う。
不良っぽい見た目に反して、もしかしなくても雷火さんて結構優しい人っぽい?
出会って早々に嫌われたかと思ったけど、私の思い違いだったみたい。
「そんでさ、お礼っていうわけじゃないんだけど、ツキのことが解決したら――」
「何故月曜日が週明け一日目なんだー! 月曜日を休みにしろー!」
雷火さんの言葉をさえぎるみたいに、ツキさんの叫び声が私の鼓膜をつんざく。
「チッ、クソ! ツキの奴、またかんしゃく起こしてやがる」
舌打ちした雷火さんと急いで物置小屋まで走り、私はスチール製のその戸を強くノックする。
「ツキさん! 聞こえますか? 落ち着いて下さい!」
「……誰? さっきいた、週末好きの女の子?」
物置小屋の中から、不機嫌をたっぷりまぶした、投げやり気味な声が返ってきた。
よかった、返事もらえた。無視されなかった。
「はい。さっきはごめんなさい」
「謝る必要はないよ。大抵の人は週末が好きなもんなんだから」
「そう、ですね……」
覚悟はしていたけど、ツキさんの刺々しい声に、話しあいをしたい勇気が負けてしまいそう。
「これからずーっと永遠に、みんなが大好きな日曜日が続くんだから、部外者は月曜日のことなんて忘れて帰りなよ」
『月曜日のことなんて』というのは、『僕のことなんて』と同義だろう。
それを分かっていて、帰るなんてできない。
だって私が傷ついているのに強がった時、言葉通りに放って帰られたら悲しいもん。
「かまってチャンじゃん」と面倒くさがられても、一回目くらいは我慢してかまってチャンにつきあって欲しいと思うから、今私もツキさんにつきあう。
「忘れないし、帰りません」
「うるさいな。もうさっさと帰っ――」
「さっきツキさんが叫んでいた通り、私含めて多くの人が週末を好きなのは、休みだからです」
雷火さんの方をチラッと見れば、彼は腕を組み、無言でじっと私を見ていた。
まかせる、ということかな?
「月曜日でも、祝日や振替休日の月曜日は、みんな喜ぶじゃないですか」
「休みじゃない、嫌な月曜日の方が多いもん……」
「つまり休みじゃなければ、土日だってみんな好きじゃないってことです」
「それは……」
「学校は土日が休みだけど、仕事だと土日働いて平日休み、という方もいるじゃないですか。だから、全人類が週末が好きなんてことはないと思います」
「そうかな……」
「美容院の多くは月曜日か火曜日が休みだし、そうなると美容師さんは、月曜日か火曜日が好きなのでは?」
物置小屋の戸が細く開く。
よし、あともう一押し!
「ツキさんは月曜日の守護者だから、月曜日が悪く言われていると、自分も嫌われているような気持ちになるんですよね?」
「うん……」
「でも私は、守護しているからって、その守護している曜日とツキさんは、完全に同じじゃないと思うんです」
ツキさんは何も答えない。だから私が続けて話す。
「日和さんが言ってました。ツキさんは兄弟の中で一番イケメンだって。私、月曜日がというか、曜日がイケメンかどうかなんて考えたことなかったですし」
説得するには弱すぎる理論かもしれないけど。
「全員カッコいいって評判の七曜兄弟の中で、一番イケメンなツキさんなんですし、引きこもってるなんてもったいないですよ」
物置小屋の中で、ツキさんが動く気配がした。
「それに……ツキさんは人見知りだけど、本当はみんなと仲良くしたい人だとも、うかがいました。それって私と一緒だなって思って。もし気があえば、お友達になれたらなって――」
「は?」と雷火さんが言ったのと、ガラリと物置小屋の戸が大きく開かれたのは同時だった。
「本当に?」
物置小屋の中から現れたのは、『イケメン』というより、『美少年』という表現がぴたりとはまる人だった。
満月色の髪に、同色の長いまつ毛に縁取られた、山吹色の瞳。
ほっそりした体躯に、陶器みたいな白い肌。
親戚のお姉さんが持っている、一体数十万円する、高くてリアルでとてもキレイな人形みたいだと思った。
背は日和さんより低く、スイさんよりは高いくらいだろうか。
「ほ、本当です」
ツキさんの美に圧倒されて、舌がもつれる。
「あなた、名前は?」
「と、刻国コヨミですっ……」
「ふぅん。僕は七曜ツキ。コヨミちゃん、これからよろしくね」
「はい!」
よろしくってことは、ツキさんと私、今から友達になったってことでいいのかな?
動きが遅くなった脳ミソで私が一生懸命考えていると、前置きなくツキさんに手をにぎられた! しかも両手で包み込むみたいに!
「コヨミちゃんて声もだけど、全部が可愛いね。僕の星の巫女になって欲しいな」
「あ、ありがとうございます。あの、星の巫女って……?」
「――おいコラ、ツキ」
急に影がさし、雷火さんの低い声がすぐ側でした。
そちらへ顔を向けると、雷火さんは明らかに不機嫌というか、怒っていた。
「散々かき回しておいて、いきなりナンパしてんじゃねぇよ!」
「ナンパなんかじゃないし」
「可愛い女子にちょーっと優しくしてもらったからって、デレデレしてんじゃねぇよ! そんなんだから、好きになった女全員にお断りされんだよ! このモヤシが!」
「ッ!」
一瞬にしてツキさんは顔をこわばらせ、雷火さんをにらむ。
「それにコイツはただの一般人! 星の巫女じゃねぇ! 刻国サンもツキがちょいとばかりツラがいいからって、簡単に手ぇにぎられてんじゃねぇよ!」
「す、すみません」
私はツキさんの両手の中から自分の手を引き抜き、三歩後ろへ下がる。
「うるさい! 雷火だって偶然優しくしてもらった、一度会ったきりの名前も知らない子に片思いしてて、妄想激しくてキモいくせに!」
「あァ? 今なんつった?」
雷火さんが眉をつり上げて口をへの字にし、おでこ同士がぶつかるくらいツキさんに顔を近づけ、にらみつける。
アワワ! どうしよう、ケンカがはじまってしまう! 止めないと!
「雷火がキモいっていう事実」
「ツキ、テメェ!」
ガッチリしていて上背もある雷火さんが、ツキさんの胸ぐらをつかみ、前後にガクガク揺さぶる。
ツキさん華奢だから、このまま揺さぶられ続けたら壊れてしまいそう!
「あのっ雷火さん、暴力はダメだと思いますっ!」
私は雷火さんの横に立ち、怖いけど頑張って彼を止める。
「ツキをかばうのか?!」
「今はかばうとかは関係なくて……」
「アンタは、小五まで寝小便してたような情けない奴をかばうのかよ?! クソっ!」
雷火さんはツキさんを引きずり、私から距離をとったかと思うと、そのままツキさんを一本背負い!
ツキさんは「グアッ」とつぶれたカエルのような声を出し、地面に転がる。
「ツキさん! 大丈夫ですか?!」
「知らねー! もう知らねぇ! どうにでもなりやがれ!」
私があわててツキさんの元へかけよれば、背後で捨て鉢な雷火さんの声がして。
ガラッ、ピシャン!
ふり返った私の目に、物置小屋に入って戸を閉める雷火さんの後ろ姿が、ギリギリ映った。
「は? え?!」
私が唖然として閉められた戸を見ていると、「ひ…ひどい、雷火ひどい……」と、今度はツキさんの声がして。
「大好きなコヨミちゃんの前で、知られたくない僕の秘密をバラすなんて……」
はっとして顔を物置小屋からツキさんへ戻せば、ツキさんは今にも泣き出しそうな顔で、よろよろと立ち上がり――
「もうお婿に行けないじゃないか!」
と叫ぶと、全速力でどこかへと走っていってしまい。
「ツキさん待って!――あ、でも雷火さんも…ど、どうしたら……!」
おろおろしてたたらを踏む私だけが一人、物置小屋前に残された。
うまく説き伏せることができるか不安な気持ちを隠しながら、私は雷火さんと物置小屋へと続く道を歩く。
「オレらに責任があることだし、巻き込まれたあんたは一ミリも気負うこたねぇからよ。……なぁ刻国サン。アンタ、昔オレと会ったことあるよな?」
「え?」
今日が初対面だと思いますよ?! と、驚いて顔を上げれば、雷火さんの赤い瞳とかちあう。
真っ赤な瞳と髪、精悍な顔、背が高くてガッシリとした身体。
一度見たらそう簡単には忘れないだろう、インパクトのある人だから、過去に会ったことはない……はず。
「去年の冬、電車から降りる時、傘とミカンがたくさん入った袋を忘れかけた奴のこと、覚えてねぇ?」
雷火さんの言葉に、すぐさま私は当時のことを思いだした。
「雷火さんて、あの時の人なんですか?!」
「ん。やっぱオレの顔忘れてたか」
ちょっとコワモテな顔で、雷火さんが苦笑する。
笑うと不良っぽい怖い雰囲気が、一気に減るな。
「ごめんなさい。私あまり記憶力よくなくて……」
「謝るこたぁねぇよ。この目立つ赤毛はほとんどニット帽ん中だったし、サングラスもかけてたし」
今考えるとあの時の雷火さん、声かけにくい格好してたのに、よく私声かけられたな……。
「あん時、『忘れてますよ!』と声かけてもらえて助かったわ。あんがとな」
「いえ、たまたま気がついて、思わず呼び止めてしまっただけなので」
「オレってば、そーゆー小さな助けあいっていうの? 大事だし尊いなって思うから、こんな変な事態に巻き込んで申し訳ねぇけど、また会えて嬉しいわ」
雷火さんがわずかに頬を染め、八重歯を見せてにかっと笑う。
不良っぽい見た目に反して、もしかしなくても雷火さんて結構優しい人っぽい?
出会って早々に嫌われたかと思ったけど、私の思い違いだったみたい。
「そんでさ、お礼っていうわけじゃないんだけど、ツキのことが解決したら――」
「何故月曜日が週明け一日目なんだー! 月曜日を休みにしろー!」
雷火さんの言葉をさえぎるみたいに、ツキさんの叫び声が私の鼓膜をつんざく。
「チッ、クソ! ツキの奴、またかんしゃく起こしてやがる」
舌打ちした雷火さんと急いで物置小屋まで走り、私はスチール製のその戸を強くノックする。
「ツキさん! 聞こえますか? 落ち着いて下さい!」
「……誰? さっきいた、週末好きの女の子?」
物置小屋の中から、不機嫌をたっぷりまぶした、投げやり気味な声が返ってきた。
よかった、返事もらえた。無視されなかった。
「はい。さっきはごめんなさい」
「謝る必要はないよ。大抵の人は週末が好きなもんなんだから」
「そう、ですね……」
覚悟はしていたけど、ツキさんの刺々しい声に、話しあいをしたい勇気が負けてしまいそう。
「これからずーっと永遠に、みんなが大好きな日曜日が続くんだから、部外者は月曜日のことなんて忘れて帰りなよ」
『月曜日のことなんて』というのは、『僕のことなんて』と同義だろう。
それを分かっていて、帰るなんてできない。
だって私が傷ついているのに強がった時、言葉通りに放って帰られたら悲しいもん。
「かまってチャンじゃん」と面倒くさがられても、一回目くらいは我慢してかまってチャンにつきあって欲しいと思うから、今私もツキさんにつきあう。
「忘れないし、帰りません」
「うるさいな。もうさっさと帰っ――」
「さっきツキさんが叫んでいた通り、私含めて多くの人が週末を好きなのは、休みだからです」
雷火さんの方をチラッと見れば、彼は腕を組み、無言でじっと私を見ていた。
まかせる、ということかな?
「月曜日でも、祝日や振替休日の月曜日は、みんな喜ぶじゃないですか」
「休みじゃない、嫌な月曜日の方が多いもん……」
「つまり休みじゃなければ、土日だってみんな好きじゃないってことです」
「それは……」
「学校は土日が休みだけど、仕事だと土日働いて平日休み、という方もいるじゃないですか。だから、全人類が週末が好きなんてことはないと思います」
「そうかな……」
「美容院の多くは月曜日か火曜日が休みだし、そうなると美容師さんは、月曜日か火曜日が好きなのでは?」
物置小屋の戸が細く開く。
よし、あともう一押し!
「ツキさんは月曜日の守護者だから、月曜日が悪く言われていると、自分も嫌われているような気持ちになるんですよね?」
「うん……」
「でも私は、守護しているからって、その守護している曜日とツキさんは、完全に同じじゃないと思うんです」
ツキさんは何も答えない。だから私が続けて話す。
「日和さんが言ってました。ツキさんは兄弟の中で一番イケメンだって。私、月曜日がというか、曜日がイケメンかどうかなんて考えたことなかったですし」
説得するには弱すぎる理論かもしれないけど。
「全員カッコいいって評判の七曜兄弟の中で、一番イケメンなツキさんなんですし、引きこもってるなんてもったいないですよ」
物置小屋の中で、ツキさんが動く気配がした。
「それに……ツキさんは人見知りだけど、本当はみんなと仲良くしたい人だとも、うかがいました。それって私と一緒だなって思って。もし気があえば、お友達になれたらなって――」
「は?」と雷火さんが言ったのと、ガラリと物置小屋の戸が大きく開かれたのは同時だった。
「本当に?」
物置小屋の中から現れたのは、『イケメン』というより、『美少年』という表現がぴたりとはまる人だった。
満月色の髪に、同色の長いまつ毛に縁取られた、山吹色の瞳。
ほっそりした体躯に、陶器みたいな白い肌。
親戚のお姉さんが持っている、一体数十万円する、高くてリアルでとてもキレイな人形みたいだと思った。
背は日和さんより低く、スイさんよりは高いくらいだろうか。
「ほ、本当です」
ツキさんの美に圧倒されて、舌がもつれる。
「あなた、名前は?」
「と、刻国コヨミですっ……」
「ふぅん。僕は七曜ツキ。コヨミちゃん、これからよろしくね」
「はい!」
よろしくってことは、ツキさんと私、今から友達になったってことでいいのかな?
動きが遅くなった脳ミソで私が一生懸命考えていると、前置きなくツキさんに手をにぎられた! しかも両手で包み込むみたいに!
「コヨミちゃんて声もだけど、全部が可愛いね。僕の星の巫女になって欲しいな」
「あ、ありがとうございます。あの、星の巫女って……?」
「――おいコラ、ツキ」
急に影がさし、雷火さんの低い声がすぐ側でした。
そちらへ顔を向けると、雷火さんは明らかに不機嫌というか、怒っていた。
「散々かき回しておいて、いきなりナンパしてんじゃねぇよ!」
「ナンパなんかじゃないし」
「可愛い女子にちょーっと優しくしてもらったからって、デレデレしてんじゃねぇよ! そんなんだから、好きになった女全員にお断りされんだよ! このモヤシが!」
「ッ!」
一瞬にしてツキさんは顔をこわばらせ、雷火さんをにらむ。
「それにコイツはただの一般人! 星の巫女じゃねぇ! 刻国サンもツキがちょいとばかりツラがいいからって、簡単に手ぇにぎられてんじゃねぇよ!」
「す、すみません」
私はツキさんの両手の中から自分の手を引き抜き、三歩後ろへ下がる。
「うるさい! 雷火だって偶然優しくしてもらった、一度会ったきりの名前も知らない子に片思いしてて、妄想激しくてキモいくせに!」
「あァ? 今なんつった?」
雷火さんが眉をつり上げて口をへの字にし、おでこ同士がぶつかるくらいツキさんに顔を近づけ、にらみつける。
アワワ! どうしよう、ケンカがはじまってしまう! 止めないと!
「雷火がキモいっていう事実」
「ツキ、テメェ!」
ガッチリしていて上背もある雷火さんが、ツキさんの胸ぐらをつかみ、前後にガクガク揺さぶる。
ツキさん華奢だから、このまま揺さぶられ続けたら壊れてしまいそう!
「あのっ雷火さん、暴力はダメだと思いますっ!」
私は雷火さんの横に立ち、怖いけど頑張って彼を止める。
「ツキをかばうのか?!」
「今はかばうとかは関係なくて……」
「アンタは、小五まで寝小便してたような情けない奴をかばうのかよ?! クソっ!」
雷火さんはツキさんを引きずり、私から距離をとったかと思うと、そのままツキさんを一本背負い!
ツキさんは「グアッ」とつぶれたカエルのような声を出し、地面に転がる。
「ツキさん! 大丈夫ですか?!」
「知らねー! もう知らねぇ! どうにでもなりやがれ!」
私があわててツキさんの元へかけよれば、背後で捨て鉢な雷火さんの声がして。
ガラッ、ピシャン!
ふり返った私の目に、物置小屋に入って戸を閉める雷火さんの後ろ姿が、ギリギリ映った。
「は? え?!」
私が唖然として閉められた戸を見ていると、「ひ…ひどい、雷火ひどい……」と、今度はツキさんの声がして。
「大好きなコヨミちゃんの前で、知られたくない僕の秘密をバラすなんて……」
はっとして顔を物置小屋からツキさんへ戻せば、ツキさんは今にも泣き出しそうな顔で、よろよろと立ち上がり――
「もうお婿に行けないじゃないか!」
と叫ぶと、全速力でどこかへと走っていってしまい。
「ツキさん待って!――あ、でも雷火さんも…ど、どうしたら……!」
おろおろしてたたらを踏む私だけが一人、物置小屋前に残された。

