曜日男子とオオカミ少女

「オメーらさぁ、まーたツキのことキレさせてんじゃねぇよ」

私と日和さんが暗い顔でうつ向き、よどんだ空気がただよう物置小屋前に、知らない声が切り込んできた。

「今や日和は、ツキの地雷なんだからよォ」

私は顔を上げ、ヤレヤレといった雰囲気の声の主を見る。
赤い髪に日焼けした肌、背は日和さんより高くて、目つきのするどい不良っぽい男の子がいて――彼は私を見て叫んだ。

「何でこいつが?!――じゃなくて、何で他人がウチの敷地内にいんだよ?!」
「誤解した俺が、協力を要請してしまってね……。刻国さん、これが三つ子の最後の一人、雷火(ライカ)

日和さんが疲れた顔で、新たに現れた人物を紹介してくれた。

「そうなんですね。――あの……お役にたてませんでしたし、私はもう退散しますね」

私がここにいることが雷火さんは気に食わないようだし、わざと空気を読まなかった私は、日和さんの思惑をおじゃんにした、最低な奴だし。

「刻国さん。退散せず、このままボクらに協力してもらえませんか?」

スイさんが私の前へさっと手のひらをかざし、私が帰ろうとするのを止める。

「ハ?!もしかしてコイツにバラすつもりか?!」

バラすとは、何を?

「だって雷火兄さん、ボクらだけの力じゃもう、解決はムリぽいでしょう」
「それはそうかもしんねぇけど……いいのかぁ?」

雷火さんが戸惑った表情で、私をちらっと見る。

「ボク・日和兄さん・雷火兄さんが同意すれば、半分が賛成したことになりますし、いいのでは? ツキ兄さんは引きこもり中ですから、数に含めなくていいでしょう」

半分って、『ツキさんを除いた七人兄弟の半分』てこと?

「外部の人の知恵を借りてみることにしませんか? 刻国さんは真面目で誠実そうな人だし、事情を話して協力してもらっても大丈夫だと、ボクは判断します。日和兄さんも、いいですよね?」

スイさんの問いかけに、日和さんは答えない。
スイさんが私に言おうとしている秘密って何だろう?
これ以上巻き込まれる前に帰りなさい! と、第六感が告げてくるけど、それ以上に好奇心がわく。

「日和兄さん、あなたもよく分かっているとは思いますが――今日で九十九回目の七月十三日なんですからね」
「九十九回目の、七月十三日……?」

ワケの分からなさに思わず私が反射的にオウム返しすると、日和さんと雷火さんが眉間にシワをよせ、大きくため息をついた。
本当にどういうことなの?!

「……そうだな。俺たちだけじゃ、もうアイデア出尽くしてるし。雷火も、いいな?」
「まぁ、いーよ」

私がおろおろしていると、前髪をかきあげた雷火さんと目があったんだけど、すぐさま素早くそらされてしまった。
会って間もないのに、私はもう雷火さんに嫌われちゃったみたい……。
だけど間をあけず、日和さんが信じられないことを言ったので、シュンとした気持ちなんて飛んでいってしまった。

「刻国さん、改めて協力をお願いできないだろうか。ループする七月十三日から抜け出すために」

るるるるループ?!



「事情を説明をするのに、この場所は適切ではありませんから」

スイさんがこう言ったので、私は彼らに案内され、屋敷内のだだっ広い座敷に通された。
座敷の中心には長方形の大きな座卓があって、床の間を背にして私と雷火さん、座卓をはさんだ向かいにスイさんと日和さんが座った。

「刻国さんが信じようが信じまいが、我が七曜家は曜日を守護する一族なんです」

氷が入った麦茶のコップを日和さんが私の前へ置くなり、スイさんが言った。

「そしてボクら兄弟七人は、一人一曜日を守護し、治める存在です」

九十九回目の七月十三日だのループだのに加えて、七曜さん家は曜日を守護する一族で、七人の兄弟たちは一人一曜日を治めている?!
何それ?! ファンタジーマンガの話?!
それとも私ってば夢を見てたりするのかな?!

「突然こんな話されても、信じられねぇよな」

隣で頬杖をついている雷火さんが、あわれみの表情を浮かべて言う。

「信じられなくても、事実なので」

スイさんは無表情のまま、たんたんと話を続ける。

「日和兄さんが日曜日、ツキ兄さんが月曜日、雷火兄さんが火曜日、ボクが水曜日を守護しています。木金土担当の三人は、今旅行中なので不在です」
「ちなみに親も、現在海外で仕事中。――オレらは、各自担当してる曜日の神様なんだと。自分じゃ全然、神様って意識はねぇけどな」
「神様なんですか?! すごい……」
「神様といっても、たいしたことはできないんだけどね。自分の担当曜日になったら、任意の相手の運気をピンポイントで少し上げられるとか、身体が丈夫で病気にならないとか、その程度」
「ボクは、たいしたことをしていると思っていますよ。何故ならボクたちが『交代の儀式』をしなければ、日を進めていくことはできないんですから」
「日を進める?」
「例えば、雷火兄さんとボクが『交代の儀式』を行わなければ、水曜日にはならないんです」
「えっと、つまりこれまでの話を総合して考えると……雷火さんとスイさんが交代の儀式を行わなければ、火曜日がくり返されるってことですか?」

ぼんやりとだけど、私が巻き込まれてしまったことの背景が、見えてきた気がする。

「正解。ツキが天岩戸に引きこもって俺との儀式をこばむから、今日でもう、九十九回目の七月十三日の日曜日を繰り返しているんだ」

日和さんは天井をあおぎ、ため息をついた。

「同じ日を繰り返す時は、オレら曜日の守護者以外は記憶がリセットされる。だから、ループしてるかどうか考えてもムダだぜ」

本当に? と、記憶を探る私に気づいたらしい雷火さんが言う。

「九十九回同じ日を繰り返しても、今のところは何も起こっていません。しかし、このままループを繰り返していいのかと言ったら、それは違います。それに、今後異常が起きない保証もないのです」
「ということで、ツキを天岩戸から引っぱり出して、日和と儀式をさせようぜ! ってこと」
「なるほど」

交代の儀式をしなければ、永遠に日曜日。
でも七曜兄弟以外は記憶がリセットされちゃうから、ずっと休日! 嬉しい! と思うことはない。
なら、普通に月曜日になった方がいい……のかな?

「ツキさんは、何故儀式を拒否っているんですか?」
「天岩戸の前で日和兄さんが説明した通りです。ツキは自分が守護している月曜日が、全人類に嫌われていると思って、いじけているんです」
「あっ」

私は思わず自分の口を両手でふさぐ。

「ツキはさぁ、担当してる曜日と自分を同一視しすぎなんだよなぁ。まぁオレも、火曜日をディスられるとムカつくけどよ」
「自分の国を悪く言われているようなものですからね。担当曜日を悪く言われてムカつく気持ちは、ボクも分かります。しかし、九十九日間立てこもりはやりすぎかと」

今日美桜ちゃんの罠にかかり、「ムダに嘘つくオオカミ少女」と言われ、傷ついたからって……いつも通りにすればよかった。変な意地をはらなきゃよかった。
そうだよ。空気を読んだささいな嘘を責めるのは、美桜ちゃんだけだし。
他のみんなも――ママも、私がつくその嘘に安心してたじゃない。

「いつも仕事で忙しくて、あまり家にいなくてごめんね」
「大丈夫。うちはパパが死んじゃって母子家庭だから、ママがパパも兼任してるんだもん。だからママが家にいない時は、私も子供兼ママになるの」

「だから平気!」――と私が言えば、ママは「ありがとう」と笑ってくれたじゃない。

「月曜日が好き、と言えなくてすみません……」

『やっぱり月曜日が好きな人間なんて存在しないんだ!もう月曜日なんてなくなってしまえばいいんだ!』
ツキさんのヒステリックな声が、重い意味をもって脳内で再放送される。
何が起こっていたかを知らなかったとはいえ、ループから抜けだせるかもしれなかったタイミングを、私がつぶしてしまった。
私のせいできっと、百回目の七月十三日がくる。
これまで異常は起きていないと言っていたけど、私のせいでループ百日目を迎えてしまうことが、何だか怖い。
それに……傷ついていたツキさんを、さらに深く傷つけてしまったことに、胸が痛い。