曜日男子とオオカミ少女

「入ってもいい?」

私がうなずき、物置小屋へ入ってきた七人目は日和さん。

「俺で最後なわけだけど、他の兄弟たちと話してみてのご感想は?」

他の人たちと同じくベッドへ並んで腰かけると、日和さんが冗談めかして聞いてきた。

「みなさん個性的で素敵な方ばかりで……恐れ多いです」
「まぁ俺たちは曜日の守護者であり、現人神だからね! なんて」

ふふっと日和さんは笑ったが、すぐに目を伏せて「ごめんね」と言った。

「俺がキミを巻き込まなければ……世界がヤバいからっていう理由で、好きでもない相手とキスなんて嫌だよね。本当にすまない……」
「謝らないで下さい! 確かにキ、キスはちょっと色々アレですけど……」

日和さんもスイさんも、自分を責めすぎだよ。
私は二人が悪いことをしたなんて、一ミリも思ってないのに。

「刻国さんて、すごく優しいよね。甘えちゃいけないのに、甘えたくなる」
「優しくなんてないです。普通です」

ほめられて嬉しくて、私なんかでよければどんどん甘えて下さい! と言いそうになったけど、こらえた。

「もうすでに誰かから聞いているかもだけど、星の巫女が複数いた時代もあるんだ。よって、刻国さんが星の巫女だからって、七曜家に絶対にお嫁にきて!ということになるかは、確定じゃないから」
「そうなんですか? 初耳です」

じゃあ、私以外にも星の巫女が見つかれば、その人が結婚するかもなんだ。
私じゃない星の巫女が、七人のうちの誰かと、日和さんと……。
今胸がズキリと痛んだのは、推していた芸能人に熱愛報道がでた時、軽くショックを受けるのと同じ。
だって、七曜兄弟は女の子たちにキャーキャー騒がれてて、その中でも日和さんは一位二位を争う人気者。
うん、そうだよ。そういう痛みでしかないよね、私?

「もし二人目の巫女が見つからなかったとしても、刻国さんが嫌なら、他の兄弟が嫁になれと言っても、俺だけは反対すると約束する」
「それは、私を巻き込んでしまった引け目から……ですか」
「それもある。だけど一番の理由は、キミが俺にとって特別だから」

日和さんが私に向けるグレーの瞳の奥に、炎が灯っているように感じた。
その炎の熱は、私の心を急激に沸騰(ふっとう)させ、私の心臓をドキンと強く跳ねさせた。

「百回目の七月十三日のお昼、そうめんゆでてた時に、俺が愚痴ったこと覚えてる?」
「はい」

実は日和さんも、守護している日曜日の世間的評価に対して不満がある、という話だっけ。

「あの時、すごく嬉しかったんだ。ずっと誰も、一生俺の不満に気づくことなんてないんだ、と思っていたから。刻国さんが気がついてくれて、愚痴を聞いてもらえて、救われた気がした」
「救うだなんて滅相もない! 私、そんな……あの時はたまたま、何となくで……」
「何となくだろうがたまたまだろうが、俺のモヤモヤしていた気持ちは、あの時救われたんだ」
「私こそあの時愚痴聞いてもらった上に、『同じ学校なら、俺が刻国さんの友達に説明するんだけどな』と、言ってもらえて嬉しかったです」

私も日和さんからもらった優しさに、ありがとうって伝えたい。

「いい子ぶってるつもりなんてなくて、日和さんが言う通り私は本心から、『できるだけみんながおだやかにすごせるように』と思っていて……それを理解してもらえて、本当にめちゃくちゃ心が助かったんです」

「そうだったんだ」と日和さんは言い、照れた様子で、頬を指でかいた。

「それに今日、プールで美桜ちゃんにからまれてた時、嘘ついてまで助けてもらって、私は悪くないって言ってくれて……感謝しかないです」
「キミの意地悪なあの友達基準だと、俺もオオカミ少年になるからね。いい機会だしせっかくだから、本物のオオカミ少年になってみたってわけ」

日和さんがふざけてウィンクし、私たちは声をあわせて笑った。

「日和さんが味方になってくれて勇気がでたから――あの時はじめて私、美桜ちゃんに言い返すことができたんです。ありがとうございます!」

ぺこりと小さくお辞儀をして顔を上げる。
すると、私の視線と日和さんの目がばちっとあい――アイスを持った子供がぶつかってくる直前、私が抱いてしまった気持ちの正体に、気がついてしまった。
気がついてはいけない、と思ったそれの正体は――ごめんなさい金晴さん。私、嘘つきました。
(石ころ)日和さん(輝く星)に、身分違いもいいところな、叶わぬ気持ちを持っています。
あふれそうなほどの、この痛いくらい甘酸っぱくて切ない気持ちは、恋です。
ツキさんに告白された時、応えられないとすぐに答えを出してしまったのは、私が日和さんに恋をしていたから。
彼は、私なんかを特別に好きにならないと分かっていても、私――日和さんのことが好きです。

「ねぇ刻国さん。一緒に逃げちゃう?」
「へっ?!」

今私は恋の自覚だけで心がいっぱいいっぱいなのに、日和さんがとんでもないことを言うから、すっとんきょうな声がでた。

「好きでもない相手とキスするの、嫌でしょ」
「でも……世界がおかしくなっているのに?」
「そういうのもたまにはありかなって。物分かりのいい良い子ちゃんやるの、疲れちゃった気がしない?」
「たまにはって……この土壇場で?!」
「土壇場だからこそ、流されないって大事かなと思って。それにこのまま異常事態を放置したからって、世界崩壊するかは予想でしかないわけだし。もしかしたら、キスしなくても元通りになるかもしれないよ」
「ご兄弟みんな、怒るのでは?」
「うーん。いつも俺が兄弟間のバランサーしてるんだから、たまには我を通してみたいなぁ」

突然の日和さんらしくないセリフの連発に、私は目を白黒させてしまう。
そんな私を見て、日和さんは苦笑する。

「そんな顔しないで。困らせてごめん」

ベッドの上に置いていた私の左手に、日和さんが右手を重ね、にぎってきた。
え、これって……?!

「俺たち、今日で出会ってまだ四日目なんだよね」
「はい」

二文字の短い返事だから、私の声が震えているのはバレていない?
私……どうしたらいい?!
こんな状況はじめてで、日和さんのことが大好きで、私はただひたすら彼を見つめることしかできない。

「こういうのって、すごした時間って関係ないんだなと、はじめて知ったよ」

こういうのって、何ですか?
私の手をにぎる、大きくてしっかりした男らしい日和さんの手が、熱い気がする。
それとも私の手が熱いのかな? もうよく分からないや。
確かなのは、心臓がドキドキと早鐘を打ち、耳の奥の血管もドクドク激しく脈打って、うるさいってこと。

「まだ四日だけど……俺の気持ち、信じてくれる?」

私の手をにぎっていない方の彼の手が、私の頬にそえられる。

「私は日和さんの、どういう気持ちを、信じたらいいですか?」

日和さんの綺麗な瞳に、緊張で泣き出しそうな顔をした私が映っている。
顔を隠したいけど、日和さんから目がはなせない。

「この気持ちを」

日和さんの顔が近づき、私の唇と彼の唇が触れ――瞬間、白い光が世界すべてを満たした。



「ちょっと!! 誰がコヨミちゃんとキスしたの?!」
「コヨミンが天岩戸に閉じこもった直後から、コヨミン含めて全員今までの記憶がないんだから、ツキがいくらキレても分からんよ。誰だったかを特定するのは、あきらめな☆」

現在、私の腕時計は午後七時すぎを指している。
もう太陽は沈んでしまっていて確認できないけれど、七月のカレンダーは三十一日までに戻っていた。
つまりたぶん、世界は元通りになったってことだと思う。

「コヨミお姉様とは、類土がキスしました」
「違う、自分自分」
「類土も木汰朗兄ちゃんも、さっきさっぱり記憶ないって言ってたろ?!」
「からかわれてるんですよ、ツキ兄さん」
「スイに言われなくても分かってる! ムカつくー! クソッ、本当に誰がキスしたんだよぉぉぉ?!」
「誰も覚えてねえってことは、キス以外で解決したかもしんねぇだろ」
「はっ! なるほど、雷火のクセに頭いいこと言うな!」
「『雷火のクセに』はいらねぇだろうが。ブッ飛ばすぞ、ツラがいいだけのモヤシが」
「せっかくほめたのに悪口言うな!」
「世界が元に戻っておめでたいんだから、ケンカしないの!」

そう言い、ツキさんと雷火さんの間に入る日和さん。
実は、私の記憶は一切無くなっていない。
たぶんだけど、私に向けてくる表情から察するに、日和さんもそうっぽい。
でも、ツキさんは大荒れだし、みんな記憶がないなら……今こそ空気を読んでだまっておくべき、と判断した。
そんなわけで、私と誰がキスしたのかは二人だけの秘密のまま、一件落着でお開きになった。