曜日男子とオオカミ少女

私は神社のような建物を飛びだし、走った。
みんなが「待って!」と追いかけてきたけど、待つわけない。
巫女だのキスだの、ワケ分からなすぎることが次々私にふりかかってきて、脳の処理能力が限界だった。
オーバーヒートした頭を冷やすための時間と場所が、今私には必要。
そのためにはどこへ行けば――テンパりながら逃げる私の視界に、黒のマジックで『天岩戸』と乱暴に書かれた文字がうつる。
あそこだ!
かつて、ツキさんや雷火さんが引きこもっていた古びた物置小屋へ、私は逃げ込んで鍵をかけた。

「マジかコヨミン、そこ入っちゃうかー」
「刻国さん、話しあおう」
「立てこもりだぁ」
「追いかけたら逃げるのは当たり前でしょ!」

七曜兄弟は物置小屋を囲んで口々に騒いだけれど、金晴さんの仕切りで、小声で話しあいをしだした。
耳をそばだててみるけどよく聞こえないな、と私が思っている間に会議は終わり、彼らが去っていく足音がした。
何を話しあっていたか気になるけど、とりあえず少しは考える時間をとれそう。
私は戸に背中をつけ、ズルズルとしゃがみこむ。
建物の隙間から太陽の強い日差しが入り、物置小屋の中は真っ暗じゃない。
そのおかげで、すぐ側の壁にスイッチを見つけることができたので、パチンとつける。
人工の光に照らされた小屋内には、簡素なベッドとテーブルが一つずつあった。
それらの上に、マンガの本やゲーム機などが散らばっている。
あ、小さいけど冷蔵庫もあるや。
ツキさんはここに、九十九日間もいたんだもんね。
午前零時にリセットされちゃうとはいえ、これくらいないと閉じ込もっていられないよね。
前に日和さんが言ってた通り、エアコンがなくても涼しくて、不思議な場所だ。
さっきの神社っぽい建物と、そういう所も空気も、似ている気がする。

「すごい……って、感心してる場合じゃないよ、私!」

今起きている異常事態を正すには、私と七曜兄弟の誰かがキスする必要がある?!
待って待って。それが本当に必要なことだと、命かけて言えます?
スイさんが嘘つきだとは思ってないですけど……でも私、キスしたことなんてなくてですね。
だからここでキスしたら、それが私のファーストキスになるわけで。
あ、みなさんのことが嫌いだなんて、そんなことは絶対にないです。
ただ一番最初って特別中の特別で、大事じゃないですか。
えぇはい、分かってます。
世界平和と天秤にかけたら、私のファーストキスなんて、鳥の羽より軽いですよね。
そんなの分かってるけど――でも、だって……私……。



私が物置小屋に立てこもって、三十分くらいたったころだろうか。
コンコン、と小さく戸を叩く音がした。

「コヨミお姉様、類土です」

戸から近い場所で、膝を抱えて座っていた私は、ビクリと身体をこわばらせる。

「さっきはごめんなさい。つい全員で追いかけてしまって……怖かったですよね。だからってわけじゃないですが、今ここにいるのは、類土一人です」

外で鳴くセミの声がうるさい。

「ただでさえ世界が変になって恐ろしいのに、昨日までなかったはずのアザがあるし、そのせいで星の巫女認定されるし、あげ句の果てにはキスしろ、なんて! お姉様が逃げたのも、拒否するのも当たり前です!」

類土さんが怒ったように、フンと鼻を鳴らす。

「すべては、百日以上交代の儀式に応じなかったツキお兄様のせいだし、そのツキお兄様を何とかできなかった、類土たち兄弟全員のせいです。だから今後何が起ころうが、コヨミお姉様のせいじゃないです」

類土さんが今、どんな表情でしゃべっているかは見えないけど、誠実さを感じる声だった。

「でも……どうかお願いします。類土たちに一人一回、二十分のチャンスをもらえませんか?」
「……類土さん、今本当に一人?」
「コヨミお姉様! はい、類土は一人でここにいます。他には誰もいません。約束します!」

迷ったけど、私は戸を開けた。
神主服から、元のゴスロリ服に着がえた類土さんが立っていた。

「外暑いですよね。中で話しませんか?」

類土さんが言った通り、彼以外の姿はなかったから、信じてみようと思った。

「いいんですか? えっと……お邪魔します」

類土さんが、恐る恐るといった様子で物置小屋の中へ入ってきて、戸を閉めた。

「一人一回、二十分のチャンスってどういうことですか?」
「お姉様を口説(くど)かせて下さい、ということです」
「くどっ……!?」
「キス目当てのナンパ師みたいで、最低ですよね。でも類土たちは守護者として世界を元通りにしたいし、ツキお兄様なんかは普通にお姉様ラブだから、キスしたいみたいですし」

類土さんがベッドへ座ったから、私もその隣へ五十センチくらい間をあけて腰かけた。

「七人全員がお姉様を口説いた後、『こいつとならキスしてもいいかな』と思える相手がいたら、教えて下さい。全員終わった後、類土が聞きにきますから、その時に」
「類土さんが、ですか……」
「全員失格の場合でも、そうであると遠慮なく言って下さい。いさぎよくあきらめますから」
「でも、誰ともキスしなかったら、世界が」
「解決方法が一つとは限りません」

キスする以外にも解決方法があるなら、それにこしたことはない。
けど、その解決方法っていつ見つかるの? そもそも別の方法ってあるの?
別の解決法を探している間にも、七月はどんどん減っていくんだろうし……。

「選ぶのはコヨミお姉様ですけど、類土はお姉様とキスしてもいいと思ってますよ」

あ! そうだよね!
私だけじゃなく、七曜兄弟側だって、キスすることについて何も思わないわけないよね。
私はモブキャラ地味子だから、何でこんなパッとしない奴と、と思うよね。申し訳ない……。

「コヨミお姉様、何かネガティブなこと考えてます?」

私の思考を見透かした問いかけに、私はあわてて左右に首をふる。
類土さんてば(さと)くて、どきっとしちゃう。

「ならいいんですけど。――類土はよくても、コヨミお姉様は類土を選んでくれませんよね」
「それは、その……」
「お姉様と類土は今日が初対面だし、三つも年下の小学生だし、お姉様の心の真ん中にはもう誰かがいるっぽいし」
「へっ?!」

類土さん、私が誰かに恋してるって言ってる?!

「ということで不本意ですが、お姉様とのキスは、その誰かに譲りましょう」
「だ、誰かなんていませんけど?!」
「ですが! 人生まだまだ先は長いし、類土がコヨミお姉様の心を奪う、逆転ホームランを打つ可能性が、この先ある気がするんですよね」

本当に男の子なのか疑わしいほどの美少女フェイスで、類土さんがニッコリ笑う。

「だから、類土とコヨミお姉様がこれから仲良くなるために、今度一緒にどこかへ遊びに行く計画を今から立てましょう!」

ヒョエッ! 類土さんが立ち上がって座り直し、私との距離をゼロにして、腕を組んできた!

「お姉様は甘いもの好きですか? 類土、行ってみたいカフェがあるんです。そのお店、季節ごとの豪華なパフェが有名で――」

途中から、まるで女の子同士みたいな感覚で類土さんと話していると、ゴスロリスカートのポケットの中で、三秒間だけ着信音がした。

「残念! 類土の時間はもうおしまいみたいです」

類土さんはポケットからスマホを取り出すことなく、ベッドから立ち上がる。
さっきの着信音、交代を知らせるためのものだったみたい。

「コヨミお姉様、また後でお話ししましょうね!――次は、金晴お兄様がくることになってまーす」

類土さんの活発なポジティブさは、土曜日に「今日も明日も休み! 嬉しい! 何しよっか?」と思うところが、反映されていたりするのかな?



類土さんが出ていってから五分くらいたったころ、物置小屋の戸をリズミカルにノックされたから、開けたんだけど。

「金晴さん一人じゃないんですか?!」

なんと外には、金晴さんと木汰朗さんの二人が立っていた!

「一人一回二十分だけど、一人ずつとは言ってないからねぇ」
「オレサマと木汰朗は、双子でニコイチだから☆」

二人は中へ入ると、私を左右からはさむ形でベッドへ座った。

「類土からルールは聞いた?」
「私が相手を選べて、全員お断りするのもありだと聞きました」
「ありゃ☆ 類土ってば、そこまでしか説明してないのかよ」
「そこまで、とは?」
「今日キスした相手=結婚相手、と考えなくていいよ――まで、説明してて欲しかったなと☆」

私は素早く下を向き、膝の上で両手をにぎる。
キスのインパクトが強すぎて忘れかけてたけど、星の巫女は守護者の誰かのお嫁さんになる、という責務もあるんだよね……。
うぅ、ますます私なんかじゃ身分不相応感強くなったし、気恥ずかしい。

「自分・金晴・類土の旅行組は今日会ったばかりだし、留守番組にしても、会ってからまだ今日で四日目だしねぇ。それで結婚相手決定は、さすがに無理味がすごい」

木汰朗さんの言葉に、金晴さんも腕を組んでうなずく。

「最低でも、半年か一年くらいは吟味(ぎんみ)したいよねぇ」
「でも異常事態で緊急事態だから、そんな時間ありませーん☆ というわけで、キスの相手はお気軽に決めちゃって☆」
「そうはいっても、こんな理由なんかでキスしたいわけなくない?」

木汰朗さんがのんびりそう言ってあくびをした後、はっとした顔をし、珍しくあわてた様子で不要なフォローを入れてきた。

「あ、いや、トッキーとキスしたくないんじゃなくて、世界を元に戻す作業としてのキスなんか嫌だよね! て、話だから!」
「大丈夫です。木汰朗さんが言いたいこと、分かってますから」
「そ、そう? それならよかったぁ」
「でもキスOKもらえたら、責任とって結婚する気全然あるくらいには、兄弟全員がコヨミンのこといいなって思ってんよ☆」
「ええと、ありがとうございます……」

うわー! 七曜兄弟たちにとってのキスや結婚というものが、軽いのか重いのか分からない!
あ、全員責任感が強いってこと?!

「ねぇ、金晴にトッキー。自分、考えてることがあって」
「何だよ、言ってみろよ」
「スイは、『異常事態を解決するには、巫女が守護者のうちの誰かとキスすることが必要』と言ったけど、それって一人以上とでも問題ないんじゃ? って」

ファッ?!
何とんでもないことを言ってるんですか?!?!

「あー、なるほど。それアリじゃん☆」
「な、なしですよ! 倫理的に!」
「全員了承したならイケるっしょ☆ うんうん! 自慢の弟たちだし、全員とキスしたとしても、オレサマは気にしないよ☆ 今のところ」
「逆ハーレムも選択肢の一つ、ということでどう?」
「ダメです! そんなのダメです、無しですっ!」
「オレサマも木汰朗も許すから、アリだって☆」

私が必死で否定した結果、何故か残りの時間は金晴さんが色々なモノマネをし、それが何かを私と木汰朗さんとで当てるゲームをした。