曜日男子とオオカミ少女

日和さんが驚きに戸惑いをまぜた瞳で、私の顔とアザを交互に見る。
私もどうしたらいいか分からなくて、固まったまま何も言えない。
しかし、この人は違っていた。

「おっまたせー☆」

更衣室からスキップして出てきた金晴さんは、私のアザを見て「マジかよ?!」と盛大に驚いた後、腰に手をあててニャハハと笑った。

「まさかコヨミンがそうだったとはな! サプラーイズ☆ よぉっし、爪先すらプールに入ってないけど帰るか!」
「待って下さい! こんなの何かの間違いです!」
「間違ってないって。これどう見ても北斗七星形のアザじゃん」
「こんなアザ、昨日までは絶対になかったんです!」

昨日、水着を買う際に試着をしたけど、その時はこんなアザなかった。
変じゃないか、後ろ姿も一緒にいたみんなに確認してもらったんだから、間違いない。
もしその時すでにあったなら、こんな特徴的な形をしたアザを、あの美桜ちゃんがスルーするはずないし。

「昨日なくても今あるんだから、星の巫女の条件にあてはまってる。問題ないな☆」
「アザじゃなくて、打ち身かもしれませんし……」
「儀式して世界が正常に戻れば、本当の巫女。ダメだったら、打ち身だったね! てことで。みんなに見つかったって連絡して、帰ろーぜ☆」
「えぇ……」

金晴さんは、首からさげていた防水ケースからスマホを取り出すと、別班の人たちに連絡をしだした。

「刻国さん的には、今日になって突然アザが浮き出てきた、という認識なんだよね?」

混乱しておろおろしている私を落ち着かせるように、日和さんが静かな声で聞いてきた。

「はい……」
「なら、もしかしたら『星の巫女』は、巫女として生まれるんじゃなく、何らかの条件をクリアした者が巫女になるのかも?」
「何らかの条件って、どんな?」
「それは分からない。俺の勝手な推測だから」

日和さんがお手上げだ、とでもいうように、軽く肩をすくめる。
この左腰上のアザが本物だったらどうしよう?
星の儀式をして、正常な世界に戻すことが最優先事項なのは、分かってる。
だけど、スイさん言ってたよね。
「『星の巫女』というのは、ボクら守護者の誰かの花嫁になる、次代の守護者を産む女性のことです」と。
つまり、もし私が本物の星の巫女だったなら、将来私は七曜兄弟の誰かと結婚するってこと?!
ヤブからヘビを出しそうだし、現実感がなさすぎて、「それって本気で言ってます?」って聞けないよぉ!



全員七曜邸に戻り、星の儀式のために、私たちは着替えることになった。
私は白の着物に緋袴(ひばかま)の、巫女スタイル。
七曜兄弟は全員、白の着物に浅葱(あさぎ)色の(はかま)の、神主スタイル。
(私は類土さんにTシャツとハーフパンツを借りて、その上から類土さんに着付けてもらったよ)
着替え終わった私たちは、広い七曜家の敷地の片すみにある建物へ向かう。

「コヨミちゃんが巫女だったなんて! 嬉しい!」
「おいこらツキ、大切な儀式の前に巫女にベタベタさわんな! こっち来いや」
「いだだだだ! 放せっ、脳筋!」
「わぁ! 雷火お兄様、ヘッドロックかけるの上手くなりましたね」
「トッキー、弟たちがうるさくてごめんねぇ」
「元気なのはいいことだぞ☆」
「金晴お兄様、元気とさわがしいを混同するのはいかがなものかと」

私の隣を歩く日和さんは、兄弟たちの会話を聞いてニコニコしている。
だけど日和さんは、私の身体にアザを見つけてからずっと、困っているような雰囲気をほんのりただよわせてもいて。どうしたんだろう?
あとスイさんも無言だけど……スイさんは元からおしゃべりなタイプってわけじゃないから、いつも通りか。

「とうちゃーく☆」

目的地――神社っぽい外観の建物へ着くと、金晴さんが三段ある階段を上がり、扉へぶら下がっている大きな鉄の錠に鍵をさして開けた。
両開きの扉を開いて中へ入ると、室内は教室より二回りくらい小さい程度の広さだった。
今は夏であり、閉め切りっぱなしだったのに、暑くないどころかちょっと涼しいくらいで、空気もよどんでいない。
エアコンはどこにも見えないし、この建物どうなっているの?

「あそこにある鏡が御神体」

私が室内の気温の不思議に気をとられていると、いつの間にか隣にいた木汰朗さんが言う。
部屋の奥には祭壇があり、その中央にまるい鏡が飾ってあった。
お供え物を一緒に持ってきた新品にかえ、いよいよ星の儀式がはじまる。



金晴さんが御神体である鏡の前に立ち、その後ろに私を含めて七人が横一列に並ぶ。
全員で二拝二拍手一礼した後、金晴さんがおごそかに口を開いた。

()けまくも(かしこ)伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ)筑紫(つくし)日向(ひむか)(たちばな)小戸(をど)阿波岐原(あはぎはら)に、御禊(みそぎ)(はらへ)(たま)ひし時に()()せる祓戸(はらえど)大神等(おほかみたち)――」

祓詞(はらえことば)をとなえ終えた金晴さんは続けて、「これより星の儀式を()り行います」と、よく響く声で言った。
事前に打ち合わせていた通り、私と金晴さんは場所を入れかわる。
今度は私が御神体の前に立ち、手をあわせて目を閉じる。
すると背後から、七曜兄弟全員が声をあわせてとなえる呪文が聞こえてきた。

『天の光を手に持ち、七つの星の名の下に天空の門を開く
狂った糸を(つむ)ぎ直し、星の巫女が(とばり)を降ろす
七色の光で地を洗い、(いや)しの風を呼び覚ませ
砕けた光を元の形へ(かえ)し、歪んだ流れを解きほぐす
運命を整え、失われた時を呼び戻し、全てをあるべき形へと』

となえ終えると、ツキさんとスイさんは横笛、木汰朗さんが小鼓で、雷火さんが太鼓をかなで、金晴さんと類土さんと日和さんが(おど)る。
私は御神体の前に座り、それをながめた。
舞の奉納がすむと最初の並び――金晴さん一人が御神体の前、残りがその後ろに横一列に立ち、二拝二拍手一礼。

「これにて星の儀式を終了いたします」

金晴さんがこう宣言したのだけど。

「何も起こりませんね……」

例えば世界が七色に輝くとか、空間が歪むとか、聞いたこともないような美しい音が聞こえるとか。
私が期待して想像していたようなファンタジックなことは、何ひとつ起こらなかった。
やはり私は星の巫女ではないのでは?

「交代の儀式やったって、何が起こるってわけじゃないし、こんなもんでしょ」
「類土もそう思います。たぶん、日付変わるまで結果分かんないパターンじゃないです?」

木汰朗さんと類土さんがフォローを入れた直後、スイさんが彼らしくなく、目を泳がせながら「あの……」と言った。

「どうしたよ、スイ?」
「金晴兄さん……実はみんなが巫女探しに出かけてすぐ、世界を元に戻すために必要な条件を、もう一つ発見したんです」
「え! お手伝いしてたのに、類土それ初耳なんですけど!」
「今言うまで、誰にも言ってませんからね」
「何で言わねーんだよ?」

雷火さんの当然の質問に、スイさんはきまり悪そうに下を向く。

「儀式前に言うと悪い影響がでると考えたのと、もしそれ(・・)をやらないですむなら、その方がいいと思ったからです」
「もう一つの条件は、達成するのが難しかったり、嫌なことだったりするのかい?」

日和さんがスイさんを気遣うように言う。

「もう一つの条件は、儀式後に――巫女がボクらのうちの誰かとキスをすること、なんです……」

スイさんが申し訳なさそうに、小さな声で言ったこの言葉に、最初に反応したのはツキさんだった。

「星の巫女とのキスがもう一つの条件?! ハイハイハイ! 僕、立候補します!!」
「うっせぇ! だまれやツキ!」
「雷火もだまりな、うるさいよ☆ しっかし、オレサマたちの誰かとコヨミンがキスかぁ」
「選択権は巫女にあるから、今日会ったばかりの自分ら超不利じゃん」
「木汰朗、マジそれな」
「お兄様たち! 急にキスしろって言われた、コヨミお姉様の気持ちを考えて発言して下さいっ!」
「申し訳ありません、刻国さん……」
「み、みんな落ち着いて! 雷火、そのままツキを押さえてて!」

わぁわぁ騒ぐ七曜兄弟から、私はジリジリと後ずさって距離をとる。

「スミマセン!ちょっと考えさせて下さい!」

私は叫び、逃げ出した。