曜日男子とオオカミ少女

私と日和さんは、金晴さんが運転するバイクに乗せてもらい、プールへ向かうことになった。
途中で私の自宅へ寄ってもらって、私は学生カバンとチェンジで、昨日買った新品の水着を入れたバッグを持った。
私たち三人を乗せたバイクは、熱く焼けたアスファルトの上を疾走し、無事プールへ到着したんだけど。

「ゲッ! オレサマのスマホの電池ピンチじゃん! 来る途中にあったコンビニへ充電器買いに行くから、二人で先に巫女探しヨロ〜☆」

金晴さんは私と日和さんを降ろし、再びバイクへまたがると、エンジンを吹かして走っていってしまった。

「まったく金晴兄は……。刻国さん、水着に着替えたら、更衣室から出たところで待ってて」
「了解です。急いで着替えますね」

金晴さんを待っている時間がもったいないので、私と日和さんはプールの受付へ向かった。



私は新品のセパレートの水着の上に、パーカータイプのラッシュカードをはおり、女子更衣室から出た。
前に着ていた水着は、どこにしまったか記憶が曖昧で、探しだすのに時間がかかりそうだったんだよね。
だから買った時のまま、部屋のすみに放置していた新品を持ってきたんだけど。
このミントグリーンの水着……何とも奇妙な理由での、初着用になっちゃったな。まぁいいか。

「日和さんまだかな……」

更衣室を出たところで待つという約束だけど、思っていたより人の出入りが多くて、ここで待ち続ける私は邪魔になってしまっている。

「更衣室出て、すぐ見つけられる場所なら問題ないよね」

私は一人言をつぶやきながら、プールと更衣室の真ん中あたりに待機場所を変えた。
プールの水面が夏の日差しを受け、キラキラと輝いていて、まぶしい。
太陽が二つあるせいか、まぶしさも倍になった気がする。
七月の日数は、昨日は三日減り、今日は五日減った。
明日、七月は何日になっているんだろう?
このまま減り続け、『今日』まで追いつかれてしまったら、どうなるんだろう?
プールで遊ぶ人たちはみんな、無邪気にはしゃいでいるけれど……。
うどん屋さんで、木汰朗さんに言われたことを思い出す。
『トッキーも巻き込まれなきゃ他の人と同じで、異常な世界を異常だと認識せずに、今もいつも通りにすごせてたのにね』
この言葉の意味を今更よくよく理解し、私が心の底からゾッとした時だった。

「コヨミちゃんじゃん」

知っている声に名前を呼ばれ、そちらへ顔を向けると、大人っぽい黒色のビキニを着た美桜ちゃんがいた。

「美桜ちゃん! わぁ、偶然だね」

私は笑顔で反応したけど、心は瞬時に警戒体勢に入った。
美桜ちゃんは会うたびに、最低一回はトゲがあることを言ってくるから。

「今来たところ?」
「うん」
「ふーん……。ねぇコヨミちゃん、その水着、昨日買ったやつだよね?」
「うん」

私がうなずけば、美桜ちゃんは一瞬不愉快そうに眉をひそめた。
しかし、すぐに表情をゆるませて口角を上げ、彼女の唇が意地悪な()を描く。
あ、嫌なこと言われる!

「『今日のメンバーで海かプール行って、今日買った水着着ようね!』って昨日約束したのに、さっさと先に一人で着ちゃったんだね。ヤダー、裏切者がいるぅ!」

美桜ちゃんが私を指差し、冗談めかして非難してくる。

「一緒に買った水着をいつはじめて着るかと、一緒に買った水着を着てみんなで遊びに行く約束は、つながらない話だから裏切者なんかじゃ……」
「屁理屈言うねー。昨日話してた時の雰囲気的に、『昨日買った水着をはじめて着るのは、みんなで遊びに行く時に』って感じだったよぉ」
「そんなことはな――」
「コヨミちゃんてやっぱりさァ、空気読めてるつもりで読めてない、オオカミ少女ちゃんだねぇ!」

私が言い終わらないうちに、美桜ちゃんは悪意ある言葉を私にぶつけ、ウフフと笑う。
だまっちゃダメだ、早く反論しなきゃ!
そう思うのだけど、またしても言われた、『オオカミ少女』という名詞に殴られたショックで、声がでない。

「あっ、ゴメンね! コヨミちゃんの図星ついちゃってぇ!」

無言になった私を見て、美桜ちゃんは楽しくてたまらなくなったらしい。
彼女は勝ち誇ったように、今度はキャハハとかん高い声で笑った。

「ち、違うし。私は嘘つきなんかじゃ、そんなんじゃ……」

やっとしぼりだした私の声は、小さい上に震えていて、美桜ちゃんに届かない。
私って何て弱い奴なんだろう。自分で自分が嫌になる……と私がうなだれた、その時。

「刻国さん。俺が無理言って、新しい水着見たいとお願いして、ごめんね」

私と美桜ちゃんが顔を向けた先には、水着姿の日和さんが立っていた。

「えっ?! 七曜日和さま?! は?! 何で?!」

突然高嶺の花な有名人が登場したものだから、美桜ちゃんはびっくりして、挙動不審になっている。
一方、日和さんは私に軽く微笑みかけてから、美桜ちゃんへ冷えた声と視線を投げた。

「キミが刻国さんを裏切者と感じたなら、その感情の原因は俺だから、文句は俺に言ってくれ。『あなたのせいで、コヨミちゃんと新品の水着を、一緒にはじめて着ることができなくなった』ってね」
「ア、アタシはそんな、日和さまに文句なんて……」
「とにかく、全部俺のせいだから。これ以上刻国さんにアレコレ汚い言葉をぶつけるのは、やめてくれないか」
「日和さん……」

日和さんにいいことなんて少しもないのに、嘘をついて、私をかばってくれている。

「日和さまがお願いしたとしてもぉ、約束やぶって先に水着を着たのはコヨミちゃんの意思でぇ――」

美桜ちゃんがゴニョゴニョとしゃべりだしたけど、日和さんは一歩踏みだして彼女の言葉をさえぎった。

「キミさ、そんなにも新品の水着を同じタイミングで、刻国さんと一緒に着たかったの? 俺にはそうは見えなかったんだけど。指差して笑って、いじめてるようにしか思えなかったんだけど」

はじめて見る、怒りと嫌悪がまざった日和さんの表情。

「アタシ、いじめなんてしてないです! ただコヨミちゃんが、空気読んだつもりで下らない嘘をつくから……。とにかく誤解です!」

アワアワしながらも、気丈な美桜ちゃんは食い下がる。

「下らない嘘って……。刻国さんはただ、みんなが平和にすごせるよう、立ち回っているだけだろ。それのどこが悪いんだ?」
「嘘は全部よくないと思うからです!」
「なるほど。――相容(あいい)れないね」

日和さんはため息をついた後、続けて言った。

「キミみたいに、常に自分の心に正直に生きるのもいいだろう。でも、誰かを傷つけてまでそれを押し通そうとするなら、俺はそれを許容できない」

日和さんは私を守るみたいに、私と美桜ちゃんの間に立ってくれて。
美桜ちゃんが恐ろしい形相でにらんできて怖いけど――今なら私、ちゃんと言える気がする。

「わーかーりーまーしーたー。……正直に生きてる正しいアタシが、まるで悪人みたいじゃないですか。もういいです」

私は深呼吸してから日和さんの脇を通り、ふくれっ面で唇をとがらせる美桜ちゃんに近づいた。

「美桜ちゃん。私が空気読んでたまに小さい嘘をつくのは、その方がみんなが楽しくいられるかな、と思ってのことなんだ」
「嘘をつくのはいけないことって、小さいころからずっと、親も先生も言ってるのに?」
「自分の悪事を隠すような嘘じゃない、思いやりからの優しい嘘は、ついていいと思う」
「偽善で欺瞞(ぎまん)だよ、そんなの」

欺瞞……だましたりごまかしたりして、誠実じゃないって意味だっけ。

「美桜ちゃんは、正直であることが一番大切だと思っているみたいだけど――今さっき美桜ちゃんが自分の心に正直に、私のことをオオカミ少女と言って指差して笑ったのは、いいことなの?」
「それは……」
「正直であることって、和を大切に思う気持ちより、絶対に優先されなきゃいけないことなのかな?」

声は少しふるえていたけど、最後まで言い切った!
言うのすごく怖かったけど、言い終えた今、心がスッキリしている。

「……フン、まぁいいわよ。日和さまもいるし、今日はアタシの負けってことで」

いつもはだまりこんで反論しない私が、こんな風に言い返すなんて、予想外だったんだろうな。
美桜ちゃんはすごくくやしそうな顔をして、小走りで私の横を抜け、更衣室へ入っていった。

「ごめんね、刻国さん。更衣室で知りあいに話しかけられたせいで、俺が出てくるの遅くなったから、嫌なめにあわせちゃったね」

私がふり返ると、申し訳なさげな顔をしている日和さんと、目があった。

「いいえ、そんな! 助けてくれて……すごくかばってくれて……ありがとうございます」
「助けたなんて大げさだよ。あの子、ちょっと言いすぎだったからさ。キミは悪くないからね、刻国さん」

私を元気づけるみたいに、日和さんが微笑む。
それは春の日差しみたいに優しく、初夏の風みたいに爽やかで、雨上がりの水滴みたいにきらきらしていて。
私の胸の奥深くが、きゅーっと痛いくらい引きしぼられて、苦しくて切なくなる。
のぼせたみたいに、急激に顔が熱を持つ。

「あ――ありがとうございます……本当に」

気恥ずかしくて、胸が激しくドキドキして、私は顔をふせてしまう。
これって、この感覚って。
――ダメ! 考えちゃいけない、気がついちゃいけない!
もしその正体に気がついたら私――

「まま!」

私の背中を一筋の汗がつたいきる前に、何かが後ろから私の脚にぶつかり、ひっついてきた。

「うわっ、何?!」

あわててひっついてきた物体を見れば、それは幼稚園か保育園に通っているくらいの男の子だった。
その子はソフトクリームを持っていたんだけど……ソフトクリームが、ラッシュガードの左の腰のあたりにべったりついてる……。

「すみませーん! こらっ、ハルト!」

私が着ているのと似た、水着とラッシュガードを着た若いママさんが走ってきて、男の子を私から引きはがす。

「……洗わなきゃですね」

脱いで洗いやすいものにソフトクリームがついたのは、不幸中の幸いかな。
念のため、肌にクリームがついてないかを確認しようと、私が薄水色のラッシュガードをめくると――

「え、刻国さん?!」
「は?!」

私の左腰の上に、北斗七星の形をしたアザがあった。