曜日男子とオオカミ少女

午前零時。
私の意識はブラックアウトせず、時計の針は逆回転せず、スマホの日付表示は七月十四日 月曜日になった。
やった! ループから抜け出した! 交代の儀式、上手くいったんだ!
ほっと胸をなでおろし、私はベッドへ入った。
この夜見た夢は、知らない神社で一番星を探して歩き回る夢だった。

しかし、爽やかな気分で朝起きてカーテンを開けると、太陽は二つのままだった。
更には、二つの太陽の間に謎の黒い点(星かも?)が出現しており。
カレンダーをチェックすると、七月の日数は昨日より五日も減って、二十二日までになっていた。
異常事態は直るどころか悪化していたけど、今日は月曜日。
私はセーラー服を着て、学校に行った。
でも今日は、私が住んでいる月地(つきち)市が定めた、市民の日。
休みになりはしないけど、時短になるところが多く、私の学校も日和さんたちの学校も、三時限目でおしまいになる。
日和さんたちと昨日、儀式によって元通りになってもならなくても、昼食後に七曜邸を訪問する約束をしている。
だから私はホームルームが終わるなり、教室を飛び出したんだけど。
あと少しで自宅という場所で、私のスマホがスイさんからのDMの着信で震えた。
(百回目の七月十三日の帰りがけに、私はスイさんと日和さんと連絡先を交換してたの)

金晴(かねはる)兄さんと木汰朗(こたろう)兄さんがバイクで迎えに行きますので、ご自宅で待機していて下さい』

DMにはこの文章の後に、肩を組んだイケメンのツーショット画像がはりつけられていた。
初対面の人がバイクで家まで迎えに来る?!
ちょっと待って! 私結構人見知りするし、緊張しやすいマンなのですが!
と、私が道の端でスマホをにぎりしめ、DMをガン見していたら。

「ハローハロー☆ アンタって、刻国コヨミちゃんだよな?」
「は、はいっ」

突然後ろから声をかけられ、びっくりしすぎた私はジャンプしてふり返る。
すると、サイドカーがついた黒いバイクが目に飛び込んできて。

「オレサマ、金曜日担当の七曜金晴でっす! スイから連絡行ってるよな? 迎えにきたぜ、コヨミン☆」

バイクにまたがる、オレンジ色の髪のイケメンがウィンクしてきた。
彼の両耳にたくさんつけられたピアスが、太陽の光を反射してキラリと光る。
チャラくて元気で、猫科っぽい雰囲気。
この人が金曜日の守護者……何か分かる気がする。
「明日から休みだー!」という解放感を擬人化したら、こんな感じかなって思うから。

「自分は木曜日担当の七曜木汰朗。よろしく」

サイドカーに乗っている、くすんだミント色の髪の人が、あくびしながら自己紹介してくれた。
まだ休みまで一日もある……という、木曜日のダルい感じがこの人にも反映され、やる気なさげな雰囲気をかもしだしているのかな?
でも眠たげな瞳の奥には、するどいものを隠しているように感じる。

「は、はじめまして刻国コヨミですっ。こちらこそよろしくお願いしますっ!」

二人とも天文高校の制服を着ていて、その白のカッターシャツについてる襟章が赤だから、高校一年生だと思う。
つまり、日和さんツキさん雷火さんたち似てない三つ子の、双子のお兄さんたちってことか。
双子だけど、この人たちも全然似てないなぁ。

「ツキたちから聞いてたけど、マジで可愛いじゃん。運命感じるわ! なんてな☆」
「……ありがとうございます」

ほめられ慣れしていない私は、どうしたらいいか分からなくて、目を泳がせた。
金晴さんって、ツキさんとはまた違うタイプの、グイグイくる系の人だ。

「ふぅん。愚弟(ぐてい)たちが騒ぐだけあって、確かに……悪くないかも」

悪くないって、何がでしょうか!?
驚きからのドキドキが、激しくなるんですけど!

「そんじゃコヨミン、オレサマの後ろ乗って☆」
「後ろですかっ?! わ、分かりました……」

スイさんから連絡をもらっているし、日和さんたちの兄弟なのは分かってるんだけど……初対面の年上イケメンと、いきなりバイクの二人乗りはないでしょ?!
サイドカーに木汰朗さんが乗ってるから、正しくは三人乗りだけど!
私は心の中でわめきながらも、渡されたヘルメットをかぶり、バイクの後ろにまたがる。
バイクのスピードで、金晴さんにつかまらずに……というのは無理だよね。
モブキャラな私が、少女マンガのワンシーンみたいなことしていいのかな? と思いつつ、私は金晴さんのシャツをそっとつかむ。

「そんなつかまり方じゃふり落とされちゃうぞ☆ ほら、腕をもっとぐっと前に回して、しがみつく!」

金晴さんは私の両手を持つと、ぐいと自分の腰の前へ回し、握手させる。
ちょ、ちょっと待って! 私の上半身前面が! 金晴さんの背中に密着してしまっているんですがっ!

「よぉっし! では、うどん屋へしゅっぱーつ!」

え?! 七曜邸じゃないんですか?!



金晴さんが運転するバイクは十分くらい走った後、小ぢんまりしたうどん屋さんの駐車場に止まった。

「あの、七曜のお屋敷に行くんじゃなかったんですか?」

バイクに乗るのも、イケメンとの二人乗りもはじめてだった私は、やっと着いた……と、よろけながら後部座席から降りる。

「弟たちが迷惑かけたからさ、おわびに美味しいうどんをごちそうしようと思って☆」
「弟たちへは、ここへ来るまでに自分が連絡入れたから、心配しなくていーよ」

金晴さんはヘルメットを脱いでピースをし、木汰朗さんはスマホをポチポチしながら、サイドカーから降りる。

「ウチへ行っても、どうせ昼飯食うところからはじまるわけだし、オレサマたち三人で食ってもいいじゃん☆」

金晴さんに背中を押されてのれんをくぐると、店内はそこそここんでいた。
すぐに店員さんがきて、私たち三人は壁ぞいの四人テーブルへ案内された。
金晴さんが「ここ、天ざるうどんが絶品☆」とオススメしてきたので、全員それを頼んだ。

「日和が勘違して、ワケが分かんなすぎる事態に巻き込んじゃって、ごめーん☆」
「謝らないで下さい。大丈夫ですから」

注文をとって去っていく、店員さんの後ろ姿を何となく目で追いながら、私は答えた。

「太陽が二つとか、どんどん七月が減っていくとか、あり得なさすぎることが起きて怖いよね。トッキーも巻き込まれなきゃ他の人と同じで、異常な世界を異常だと認識せずに、今もいつも通りにすごせてたのにね」

おしぼりで手をふいていた木汰朗さんは、最後に「ね」と言ったタイミングで、意味ありげに私を見た。

「オレサマたちさ、これでも神様なのよ。だからコヨミンの記憶消してあげられるんだけど、どうする?」
「えっと、それは……」

これって……「部外者のお前の記憶を消したいんだけど」と、遠回しに言われていたりする?
選択をせまる金晴さんはずーっとニコニコしていて、真意が分からない。

「記憶を消したら、他の人と同じになれるよ。この異常事態におびえなくてよくなる」

相変わらずダルそうな木汰朗さんだけど、こちらは私を気遣ってくれていて、「消した方がいいよ」と親切心から言ってくれているように感じる。
金晴さんは……部外者に秘密がもれたことを、こころよく思っていないっぽい?
まぁ確かに、私なんかが今の異常事態で役に立つことはないだろうし、秘密をもらされても困るし……。
なら私は、記憶を消してもらうべきなのかな?
もし記憶を消してもらったなら、日和さんたちとのことは全部、なかったことみたいになってしまうよね。
巻き込まれて以降、一日も心が落ち着く日がなくて大変だけど――でも。

「記憶、消さなくていいです」

ここは空気を読んで、記憶を消してもらうべきなんだろうな。
「私が本当に好きなのは週末で、月曜日は……」と答えた時みたいに、私はまた意地のはりどころを間違っているんだろうな。

「許してもらえるなら、このまま事態解決のために、協力させてもらいたいです」

だけど私は……また後悔することになったとしても、ループしていた日曜日におきた出来事を忘れたくない。
日和さんに愚痴って味方してもらえて、似た者同士だねって言ってもらったことを、はじめて私のことを理解してくれた人のことを、忘れたくない。
それに――

「何で? オレサマたちが全員イケメンで有名な、七曜兄弟だから?」
「違います!」

冗談ぽく金晴さんは言ったけど、まったく冗談に聞こえなくて、胸が痛い。
でも、そう思われても仕方ないよね。
そういう理由で七曜兄弟とお近づきになりたい子たちを、これまでにたくさん見てきたんだろうし。

「みなさんがカッコいいのは間違いないですが……私がみなさんに――日和さんスイさんツキさん雷火さんに協力したいと思うのは、イケメンで有名だからじゃないです」
「へぇ?」

日和さんだけじゃなく、「人見知りするけど、本当はみんなと仲良くしたい」と思っているらしいツキさんにも、私はシンパシーを感じている。
スイさんのことは常に冷静でスゴイって思うし、雷火さんは私を「もう関係者だと思う」と言ってくれた。

「私の一方的な気持ちなんですけど、私はみなさんのことを……友達みたいに思っているからです! 友達が困っているなら助けたいです!」

思わず私が机を叩いて主張すると、金晴さんは目を丸くしたあと、手で口を押さえてクククと笑った。

「金晴、失礼だよ」
「うんうん……笑ってごめん、コヨミン☆」

金晴さんが自分の頬を両手でぱちんと叩き、笑いを止める。

「友達だから助けたい、か。友達なら、そりゃそうだよな。――OK! じゃあコヨミンには、引き続き協力してもらおう☆」
「よろしくお願いします! でも、本当にいいんですか?」

記憶を消すのを拒否して熱弁をふるったのは私なのに、今更ちょっと不安になってしまう。

「人手は多い方がいいからな☆」
「そーだねー」

今起きている異常事態の解決に、人手って関係あるの?

「ウウム……ツキが惚れた子で、はじめてオレサマもいいって思ったかも☆」

金晴さんてすごく愛想はいいけど、本心が見えない人だな……と思った時、天ざるうどんが三つ運ばれてきた。



美味しいうどんに舌鼓を打った後、今度こそバイクで七曜邸へ向かう。

「到着〜☆」

ご機嫌な声で金晴さんが言い、七曜の表札がかかる大きな門の前にバイクを停めた直後。

「三人で会う約束だったのに、お兄様二人だけ先に会ってズルいです!」

狙ったように内側から門が開かれ、美少女が飛び出してきて文句を言った。
背と年齢は私と同じか、少し下くらいかな?
紫のインナーカラーを入れた、腰まである黒髪は縦ロール。
たくさんのレースとリボンに飾られた、黒いゴスロリ服がよく似合っていて。
長いまつ毛にふちどられた、大きなスミレ色の瞳が印象的な子だった。

「うわっ! 何でオレサマたちが帰ってくるのにあわせて、ドンピシャで出てくんの?! もしかしてずっと門の内側で待ってた?!」
「約束破ったから、類土(るいと)にだけ帰るタイミング伝えた」

サイドカーから降りた木汰朗さんの言葉に、金晴さんが表情だけで『裏切り者!』と伝える。

「類土も早くコヨミお姉様に会いたかったのに! 金晴お兄様ったら、勝手なことしないでよねっ」

類土さんは金晴さんに軽くローキックを入れてから、バイク後部座席から降りた私の前へ立つ。

「わたしは末っ子の、七曜類土と申します。土曜日の守護者で、小学五年生です。よろしくお願いいたしますね!」

うわー! まぶしい! 美少女からくり出される笑顔の威力半端ないー!
――って、七曜兄弟って全員男の子ではないんだ?

「コヨミン。勘違いしてるみたいだから教えるけど、類土は男だぞ☆」
「男?!」

今までの人生で見た女の子の中で一番可愛い、とまで思ったんですが?!

「類土はね、可愛いもの美しいものが好きなんです。だから類土、コヨミお姉様のことも好きです」
「へ?」
「ずっとお姉様がほしいなって思ってたから、類土のお姉様になってくれたら嬉しいな!」

類土さんは私の手首をつかむと、門の内側へと引っぱる。
あ。固めな手の感触は、確かに男の子っぽいかも?

「暑いですから、早くエアコンが効いてる家の中へ入りましょう」

いやいや! でもでも!
こんなにも可愛いのに、男の子なんてアリ?!