曜日男子とオオカミ少女

もうそろそろ夏休み、という七月半ばの日曜日の午後三時。
私、刻国(ときくに)コヨミは、ショッピングモールから家へ帰るためのバスに一人で乗り、発車するのを待っている。
今日は、私と南エマちゃんと南あかりちゃんと小山田美桜(おやまだみおう)ちゃんの四人で、水着を買いに行ってたんだ。

私はいわゆる地味子で、大人しくて目立たないタイプ。
性格の話になると、「刻国さんて優しいよね」と言われたりするけど、自分じゃよく分からない。
ただまぁ、私はケンカはするのも見るのも嫌いな平和主義者だから、それが「優しい」という評価につながっているのかな? と思っている。

エマちゃんは私と違い、いつも明るくて、一緒にいると元気になれる子なんだ。
私と同じ九星(きゅうせい)中学校二年B組に通う、一番仲良しの友達。
あかりちゃんはエマちゃんの従姉妹で、隣のC組の人。
テニス部のエースで、元気で面白い子なんだ。
美桜ちゃんはD組で、あかりちゃんの友達。
他人の顔色をうかがいがちな私と違い、好き嫌いをはっきり口に出す性格。

私はエマちゃん(友達)の友達である、あかりちゃん美桜ちゃんとはあまり親しくない。
というか、美桜ちゃんとは親しくないどころか、私は彼女のことが実は苦手だったりする。
私は自分のことより、みんながケンカすることなく、おだやかにすごせることを重視して動くタイプ。
美桜ちゃんは私とは真逆で、周りがどう思うかより、自分の考えや気持ちを口に出すのが最優先なタイプだから。
美桜ちゃんも私とはあわないと感じているのか、私に対してわりと攻撃的なんだよね……つらい。
でもエマちゃんは、私と美桜ちゃんのあわなさに気がついていないみたいで。

「二人も水着買いたいって言ってたから、誘っていい?」

金曜日の放課後、こう聞いてきたエマちゃんに私は、「美桜ちゃんと一緒は嫌だ」とは言えなかった。
言ったらきっとエマちゃんは「えっ……」と驚いて、悲しい顔をするだろうから。
マイナスのことって、仲いい相手でも言いにくいよね……。
でもやっぱり、何か理由をつけて断ればよかった。
今回もまた美桜ちゃんに嫌なことを言われてしまい、心がしんどい。
空気を読んでささいな嘘をつくのって――確かに嘘つくのはよくないことだけど、ケースバイケースと思うし……そんなにダメなことなのかな?

「はぁ……」

ため息をついたって何も解決しないのだけど、低い位置でツインテールにしている頭を、私がバスの窓へごちんとつけた時。

「隣、いいかな?」

相席するほどバスこんでないよね? と思いながら、私は首を動かして声をかけてきた人物の方を向く。

「――は、はいっ……!」
「ありがとう。隣、失礼するね」

にっこりと笑ってお礼を言い、私の隣の席へ座ったのは、なんと七曜日和(しちようひより)さんだった!
七曜日和さんというのは、お金持ちのエリートしか通えないことで有名な、私立天文(てんもん)中学校の生徒会副会長をしている人なんだ。
まさに「これぞ王子さま!」って感じの、銀髪で背が高くて、優しげで品のあるイケメン。
柔らかであたたかな人柄のせいもあり、天文中学の生徒だけじゃなく、地元の老若男女から人気がある有名人。
情報通のエマちゃんから聞いた話によると、私と同じ中学二年生のはずなんだけど……大人っぽくて高校生くらいに見える。

「こう毎日暑いと、嫌になっちゃうね」

うわわ! 日和さんにまた話しかけられちゃった!

「そ、そうですね。溶けちゃいそうですね」

以前に街で日和さんを見かけた時から、「素敵な人だな」と思っていた。
でも学校違うし、あっちは有名優秀なイケメンで、こっちはその他大勢のモブ。
だから日和さんと私なんかが話す機会なんてない、と思っていたんだけど――ヤバい、緊張で手に汗かいてきた。

「まだ三時だけど、家に帰るところだったりするのかな?」
「はい」

ドアが閉まる合図のブザーが鳴り、バスが発車する。

「あ、俺は七曜日和というんですけど、お名前聞いてもいいですか?」
「と、刻国コヨミですっ」

何で話しかけてくるんだろう?
相席した相手には、いつもこんな感じなのかな?
全然分からないけど……密かにあこがれていた相手としゃべれるなんてツイてる!

「素敵な名前ですね。刻国さんの、帰宅してからのご予定は?」
「えっと……」
「もし特にないようなら――これから俺と一緒に来てくれることって、可能ですか?」

?!
こ、これって……信じられないけど、私ってば日和さんにナンパされてる?!
と、心の中で黄色い悲鳴を上げたんだけど。

「俺と一緒に来て、助けて欲しいんです。キミじゃなきゃダメなんだ」

日和さんはおだやかな微笑みを消し、切羽詰まった表情と声で言った。
え、え、え、どういう展開??

「助ける、ですか? 私が? 何を?」
「ごめんなさい、意味不明すぎるよね。でも、どうしてもお願いします! キミじゃなきゃダメだから、俺と一緒に来て欲しい!」

うーん、うーーん……ものすごく厄介そうなにおいがする。
だから断るのが正解なんだろうけど、日和さんは本当に困っているようで……私は断れなかった。



私が当初降りる予定だったバス停より三つ先のバス停で、日和さんの後に続いて私も降りた。

「バス降りましたし、私じゃなきゃ助けられないもののこと、そろそろ教えてもらえませんか?」

日和さんは現在にいたるまで、「他の人に絶対に聞かれたくないから」と、私に助けを求めてきた理由を教えてくれていない。

「俺は三つ子なんだけど、その三つ子の残り二人のうちの一人――七曜ツキが、かんしゃくを起こして引きこもってしまってね。ツキを引っぱり出すのに力を貸して欲しいんだ」

日和さんて三つ子なんだ?!
日和さんは七人兄弟で、日和さん含めて七人全員イケメンの、『奇跡の七兄弟』と言われていることは知っていたけど……三つ子というのは今はじめて知ったよ。びっくり。

「引っぱりだす、ですか。私、筋力にはあまり自信が……」
「刻国さんに助けを求めたのは、力仕事を頼むためじゃないから大丈夫」
「じゃあ、私は何をすればいいんでしょう?」
「刻国さんは、俺の質問に答えてくれるだけでOKだから。心配しないで」
「はぁ……?」

私が質問に答えるだけで、ツキさんって人の引きこもりを解除できるの?

「日和兄さん。ツキ兄さんを引っぱりだせそうって、本当ですか?」

意味不明さに私が首をかしげると、後ろから声がした。
日和さんと同時にふり返れば、水色の髪をした知的でクールな雰囲気の、メガネをかけたきれいな少年が立っていた。

「スイ! 迎えに来てくれたのか?――刻国さん、これは一つ下の弟のスイです」
「はじめまして、七曜スイと申します」

きれいな少年がおじぎをしてきたから、私もあわてて頭を下げる。

「こちらこそはじめまして。刻国コヨミです」
「あのね、スイ。DMでも伝えたけど、これから刻国さんの力を借りて、ツキを引っぱりだそうと思うんだ」
「それ、本当に有効なんです?」

スイさんがいぶかしげに私をジロジロ見る。
私も控え目にスイさんを観察。
日和さんの一つ下、ということは、スイさんは中学一年生か。
水で例えるなら、日和さんは軟水だけど、スイさんは絶対に硬水って感じがする。
飲むと「クセが強いな!」ってなる、硬度高めの。

「うん、たぶん。今回こそきっと上手くいくと思う!」

日和さんが自信ありげに強くうなずいたが、スイさんは信じていないようで、彼の目は冷ややかだった。