鉄の道を越えてー奏と文香ー

第7章: 揺れる信念
冬の寒さがますます身に染みる中、奏はいつものように学校に向かって歩いていた。昨日、文香とのやり取りが頭を離れない。彼女のあの冷徹な目、その裏に隠された心の壁。それが彼の心に深く突き刺さり、今日もまたそれを壊す方法を考えながら歩いていた。
学校に着くと、周囲の喧騒が奏の耳に入ってくる。だが、その喧騒の中でも、彼の目は無意識に文香を探していた。あの冷たい目を見たくてたまらない自分がいた。彼女の心の中で何が起こっているのか、それを少しでも知りたくて。だが、彼が近づくたびに彼女の心の壁は高くなるばかりだった。
「おい、奏、またあの子か?」正郎の声が背後から聞こえる。振り返ると、正郎が少し怪訝そうな顔をして立っていた。
「何でもない」と奏はすぐに答えるが、その目線は再び文香に向いていた。正郎は奏の様子を見て、わかりきったように言った。「お前、あの子のこと気になってんだろ?」
奏は言葉を詰まらせる。正郎の指摘は正しい。確かに、文香のことが気になって仕方ない。だが、どうしてもその気持ちを認めたくなかった。
「気になるって言うか、ただ…気にかかるんだ」と奏は言った。正郎はその言葉を聞いて、少し首を傾げる。
「気にかかる?」正郎はやや疑問を持ちながらも、続ける。「お前、あの子に何か引かれるものがあるんだろ?」
奏はその言葉に答えられなかった。確かに、文香にはどこか不思議な引力があった。誰もが遠ざかる中、彼女だけが孤独を感じさせる存在。その孤独さに、彼はどうしても惹かれてしまうのだ。
「まあ、いいけどさ。俺もあの子、気になるけど、あまり深く踏み込むのはやめたほうがいいと思うぞ。怖い目に遭うかもしれないから」と正郎が言い、無神経に笑った。
奏はその言葉に、無意識のうちに胸を突かれるような感覚を覚える。怖い目に遭う?文香の何が怖いのか、その答えはわからないが、何か大きな理由があることは感じ取っていた。彼女の過去、そして彼女が避けるようにして周囲と距離を取る理由。それを知りたいという気持ちが、奏の胸を掻き立てる。
その日、放課後。奏は再び文香を見かけた。彼女はいつものように校庭の隅で一人、無表情で立っている。まるで誰かに見られていることを恐れているかのように、周囲の喧騒を気にせずに自分だけの世界に閉じ込められている。
奏は心を決めて、再び歩みを進めた。彼女に近づくたびに胸が高鳴るが、それでも無視できないその気持ちが彼を前進させた。
「文香」奏は声をかける。文香は少し驚いたように顔を上げ、すぐに目を逸らした。彼女の目の奥に、何かを隠していることがわかる。その目は冷たく、遠くを見つめているようだった。
「また一人か?」奏は少しの間黙った後、言葉を続ける。「どうして、いつも一人でいるんだ?」
文香はしばらく黙っていたが、やがて静かに答えた。「一人のほうが楽だから。誰にも邪魔されないし、何も気にすることもない」
その言葉が奏の心に深く刺さる。彼女は他人との関わりを避けているのだ。それは、彼女がどれほど傷ついた過去を抱えているからなのだろうか。そのことに気づいた奏は、無意識に手を伸ばしていた。
「でも、君が一人でいることが本当に幸せなのか?」奏はその思いを抑えきれずに口にした。「一人でいても、何も変わらないだろ?」
文香はその言葉を聞いて、少しだけ顔を上げた。だが、すぐに目を伏せて言った。「それが、私には一番楽だから」
奏はその言葉に深く考え込む。彼女が心の中で何を抱えているのか、その理由がわからないまま、彼はただ見守るしかなかった。文香が心を閉ざしていることはわかる。だが、それを壊すことができるのだろうか。
「君が一人でいる理由、教えてくれないか?」奏は静かに言った。文香はその言葉に少し驚いたように顔を上げ、そして答える。
「それを知って、どうするつもり?」彼女の声は、どこか挑戦的だった。
奏は少しだけ沈黙してから、言った。「ただ、君のことを理解したいんだ。それだけだ」
その言葉に、文香はしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をつき、言った。「私は、誰にも理解してほしくない」
その言葉が、奏の心に大きな影響を与える。彼女が閉ざしているもの、それを少しでも知りたいと思う反面、理解することが彼女をさらに傷つけるのではないかという恐れもあった。だが、それでも知りたいという気持ちが抑えきれなかった。