鉄の道を越えてー奏と文香ー

第6章: 揺れる心
冷たい風が奏の顔を切り裂くように吹き付ける中、彼は校庭を歩きながら、文香のことを考えていた。放課後、再び彼女と話す機会があった。それからというもの、彼女の存在がどこか遠くに感じながらも、どうしても心の中で引き寄せられてしまう自分がいる。
文香はその日も誰とも話さず、ひとりで過ごしている姿をよく見かける。奏はその姿を見るたびに胸が締め付けられるような気がしてならなかった。彼女が抱える何か、それを理解できれば、少しでも彼女の心を解放できるのではないかと思う。しかし、どれだけ近づこうとしても、彼女の壁はなかなか越えられない。
その日もまた、学校の帰り道で文香を見かけた。彼女は校門の近くに立っていたが、周囲の騒がしさとは無関係に、ただ静かにそこにいるだけだった。その姿に何か、違和感を感じる。彼女は、いつも自分を他人から隔てるようにして立っている。まるで、誰にも触れられないような距離感を保つために。
奏はその静けさに引き寄せられるように、足を止めた。心臓が早鐘のように打ち始める。今、この瞬間に声をかけるべきかどうかを迷う自分がいた。どうしても、あの冷たい目を少しでも温かいものに変えたくて。
「文香、少し話せるか?」奏は決意を固め、文香に声をかけた。文香は少しだけ顔を上げ、短く頷いた。だが、その目には相変わらずの冷たい印象が浮かんでいる。
「どうしたの?」文香の声はいつも通り冷静で、奏の胸にわずかな不安が走った。どうしても彼女の内面に踏み込むことができない。
「お前、また一人でいるのか?」と奏は少し戸惑いながらも言葉を続ける。「こんなに寒いのに、誰かと話すこともないのか?」
文香はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。「誰かと話すのが面倒だし、どうせ何も変わらないと思うから」
その言葉が奏の胸に突き刺さる。彼女は自分の心をすでに閉ざしてしまっている。そのことを強く感じた。だが、それでも奏は心の中で「もう少しだけ、彼女と話してみたい」という気持ちが湧き上がってくる。
「君がそう思うのは、何か理由があるんだろうけど…」奏は少し言葉を選びながら言った。「もし、何か話したいことがあったら、俺に話してもいいんだぞ」
文香はその言葉に一瞬だけ目を見開き、そしてまた目を伏せた。その瞬間、奏は思わず胸が締め付けられるような感覚を覚えた。文香が心の奥で何を抱えているのかを知りたくてたまらない。しかし、それを無理に知ろうとすることが彼女をさらに閉じ込めてしまうのではないかという恐れも感じていた。
「私は大丈夫だよ」と文香は静かに言った。その冷たく響く言葉が、奏の心を押し戻すように感じられた。しかし、彼はそれを受け入れることができず、さらに言葉を続けた。
「でも、君が本当に大丈夫だと思っているなら、どうしていつも一人でいるんだ?」奏はその言葉を直球で投げかけた。自分でも驚くほど率直な言葉だったが、彼女に対する思いが止められなかった。
文香は少し沈黙した後、低い声で言った。「私は、他の人に頼らない方がいいと思ってるから。頼ることで、また傷つくのが嫌だから」
その言葉が奏の胸に刺さる。頼らない理由――それが一番大きな壁だと感じた。文香は過去に、誰かに傷つけられたのだろうか。そのことが、彼女の心を閉ざさせているのだろうか。奏はその問いに答える方法を見つけられず、ただ黙って彼女を見つめるしかなかった。
文香はしばらく奏を見つめた後、また静かに言った。「私は、自分のことを一番大切にしないといけない。だから、これ以上、誰かに関わりたくない」
その言葉に、奏は胸が痛くなるのを感じた。文香が何かを恐れていることは理解できる。しかし、その恐れに彼女が縛られたまま過ごしていくのを見ていることが、どうしても耐えられない。
「でも、君は一人でいても幸せじゃないだろ?」奏はやっとの思いでその言葉を口にした。「少なくとも、俺は君ともっと話したいと思っているし、少しでも君のことを理解したい」
文香はその言葉を聞いて、少しだけ目を見開き、そして目を伏せた。「私には、それが無理だと思う」と静かに言った。
その後、文香は何も言わずに立ち去った。奏はその背中を見送りながら、自分の中で決意を固めていった。どれだけ時間がかかろうとも、彼女に少しでも寄り添いたい。そのためには、どんな壁でも越えなければならない。