鉄の道を越えてー奏と文香ー

第4章: 距離を縮める瞬間
冬の寒さはますます厳しくなり、冷たい風が奏の顔を切り裂く。放課後、いつものように校門を出ると、彼の目にまず映るのは文香の姿だ。周囲の騒がしい音が遠くに感じられるほど、彼女の立っている場所はまるで別世界のようだった。文香はいつものように、一人で立ち尽くしている。その表情には一切の感情が読み取れず、ただ冷たい空気の中に溶け込んでいるように見える。
奏は足を止める。昨日からずっと、彼女のことが気になって仕方がない。あの冷徹な目、無言で立っている姿――そのすべてが、奏を引き寄せていた。どうしても声をかけずにはいられない。自分でもその理由がわからないまま、彼は一歩踏み出す。
「文香」と、声をかけた瞬間、文香は一瞬だけ反応した。だが、すぐにその目は再び地面に向けられ、無言のまま立ち続ける。奏はその沈黙に、少しだけ心が痛む。
「少し話さないか?」奏は言葉を選びながら、彼女に近づいていった。
文香は少しだけ顔を上げ、視線を交わすが、すぐに目を逸らした。その視線には、どこか壁のようなものを感じる。誰にも心を開かず、ただ一人でいるようなその姿に、奏はますます引き寄せられる。
「話したくないなら、無理に聞かない。でも、気になってて」奏の言葉は、彼女に届いているのか、いないのか、それすらわからない。だが、それでも踏み込まずにはいられなかった。
その沈黙の後、文香はゆっくりと口を開く。「私は、別に何も…隠してるわけじゃない」と、冷静に言った。
その言葉に、奏は驚き、少し戸惑う。彼女が何も隠していないなら、なぜこんなにも冷たい態度を取るのか。それでも、奏は少しずつ彼女に近づきたくなる自分がいる。
「でも、なんでいつも一人なんだ?周りと話さないのは、何か理由があるんじゃないか?」奏はそのまま問いかける。
文香はしばらく黙っていたが、やがて深いため息をつくと、静かに言った。「私は、あまり他の人と関わりたくないんだ。それだけ」
その言葉に、奏は何かを感じ取った。彼女は自分を隠すようにして生きている。周りの人々と距離を置き、心を閉ざしている。その理由が、奏にはまだわからないが、少なくとも彼女の中には、誰にも知られたくないものがあることを感じた。
「でも、少しずつでも話してみれば、少しは楽にならないか?」奏は少し勇気を出して言った。
文香はその言葉をじっと聞いていたが、やがて小さな声で答えた。「私には無理よ。人と関わることが怖いんだ」
その言葉が、奏の胸に重く響いた。彼女がどれだけ心の中で閉ざされているのか、その一言で少しだけわかった気がした。だが、それでも奏は一歩踏み出す。彼女を理解したい、少しでもその壁を壊したいと思う自分がいた。
「怖くても、少しずつでもいい。僕は、君のことを知りたいと思ってる」と、奏は言った。言葉には迷いがあったが、その気持ちだけは真実だった。
その瞬間、文香の目が一瞬だけ柔らかくなったように感じた。彼女は少しだけ口を開くと、静かに言った。「それでも、私は…」
その先の言葉を、奏は待ちながらも心の中で繰り返す。「君を知りたい。もっと、君のことを知りたい」と。その気持ちが、今までのどんな気持ちよりも強く胸の中で広がっていた。

放課後、奏は文香に近づいたことで、少しだけ安心感を覚えると同時に、彼女が抱えているものの重さを感じていた。心の中に閉じ込められているもの。それを少しずつ、少しずつでも解放してあげられたらいいのに――そんな思いが、彼の胸に深く刻まれる。
その日、家に帰ると、奏は窓の外を眺めながら考えた。雪が降り積もり、静かな夜が訪れる中、文香の言葉が何度も頭をよぎった。彼女は本当に何も隠していないのだろうか。あの冷たい目の奥に、何かを隠しているような気がしてならなかった。