鉄の道を越えてー奏と文香ー

第3章: 近づく距離
朝の冷たい空気が奏の肌を刺す。昨日の出来事が頭の中で繰り返し浮かぶ中、彼はいつもの道を歩いていた。しかし、今日は違う。校舎が見えた瞬間、何かが胸の奥で引っかかる。文香のことが、昨日からずっと頭から離れない。
「何があったんだ?」奏は思わず自分に問いかける。あの冷徹な目、無表情でありながらもどこか強さを感じさせる彼女の姿が、どんどん気になり、引き寄せられていく自分がいる。
校門をくぐると、いつものように賑やかな校内が広がっていた。クラスメートたちが集まり、声を上げて笑い合っている中、奏は一瞬立ち止まり、再び文香の姿を探してしまう。その瞬間、彼女が通路の端に立っているのを見つけた。
文香はやはり誰とも話さず、静かに一人で過ごしている。その姿が、周りの騒々しさとは対照的に、ひときわ目立つ。彼女は周囲の視線を気にすることなく、ただその場に立ち尽くしているだけだ。その無防備な姿に、奏はどうしても引き寄せられた。
「またかよ…」奏は自分でも驚くほど自然に彼女に歩み寄っていた。だが、その一歩一歩が異常に重く感じられ、どうしても言葉をかけるべきか迷う自分がいる。
「おい、奏、またあの子か?」突然、正郎が後ろから声をかけてきた。その声が、奏の背中に冷たい衝撃を与える。振り返ると、正郎がニヤリと笑いながら立っていた。
「別に気にしてないって…」奏は答えたが、その言葉がどこか空虚に感じた。実際には気になって仕方がない。文香のことが、どうしても無視できない。
正郎は奏の様子を見て、目を細めながら言った。「お前、あの子のこと気にしてんだろ。なあ、俺も話聞いてみたんだ。やっぱりあの子、何か隠してる気がする。」
奏はその言葉に少し驚いたが、すぐに口をつぐんだ。正郎の話の中で、何か引っかかるものがあった。「隠してる?」とだけ言った。
「うん、聞いたところによると、あの子の家は普通じゃないらしいんだ。なんか、大きな秘密があるんだって」正郎は目を輝かせて言う。
その言葉に、奏の心臓が一瞬、強く打つのを感じた。文香が抱えている秘密。何か大きなものを感じさせるその言葉が、奏の胸を突き刺さる。気になる、もっと知りたい。その気持ちが、ますます強くなった。
「俺も気になるんだよな、あの子が何を隠してるのか」と正郎が続けた。「でも、あんまり踏み込むと、怖い目にあうかもしれないぞ。」
その言葉が、奏の心をさらにかき乱す。怖い目にあう?どういうことだ?その不安が胸をよぎり、反射的に文香に目を向けると、彼女の視線がふっと奏に交わった。
その瞬間、何かが彼の胸を締め付けた。彼女の目の中に何かがある。知らなければならない、でもそれが危険だということも理解している。しかし、無意識のうちにその秘密に引き寄せられている自分がいる。

放課後、奏は思い切って文香に声をかける決意を固めた。彼女が一人で廊下の端に立っているのを見つけ、再び近づいていく。その背中に歩み寄り、少し躊躇いながらも、ようやく声をかける。
「文香、ちょっといいか?」奏はその声を低く、慎重に発した。
文香は驚いたように振り向き、目を合わせるとすぐに顔を背けた。無言で立ち尽くす彼女の様子を見て、奏はさらに気まずくなったが、何とか続けた。「あの、昨日のことなんだけど…」
文香は短く返事をした。「何も話すことはないよ」
その冷たい返答に、奏は少し驚いたが、それでも言葉を続けた。「いや、ただ気になったんだ。君が…ああいう風に一人でいるのを見るとさ」
文香はその言葉を聞き流すように、目を逸らした。その冷たい態度に、奏はますます自分の気持ちがわからなくなる。だが、どうしてもこの気持ちを押し殺すことはできない。
「君が…怖がってるんじゃないかと思って」奏は続けた。言葉がどんどん流れるように出てきた。どうしてもこの関係を続けたくて、少しでも彼女の心を開きたくて、必死だった。
文香は一瞬、息を呑むような顔をしたが、それでも目を合わせなかった。「私は…大丈夫」と、ただ一言だけ言った。
その言葉を聞いた奏は、自分が何をしているのかがわからなくなる。彼女がどうしてこんなに冷たく見えるのか、その理由を知りたいだけなのに、どうしてこんなにも怖いのだろう。文香が心を閉ざしている理由が、ますます気になって仕方なかった。