鉄の道を越えてー奏と文香ー

第29章: 過去の影
放課後、静かな校舎の廊下を歩く文香の背中には、どこか強い決意が感じられた。昨日の出来事から、少しずつ心を開き始めた彼女は、今、過去に立ち向かう準備が整ったように見える。しかし、その決意が彼女をどれほど苦しめるのか、奏は知っていた。文香は過去の傷を隠すために強くなろうとしてきたが、それがどれだけ彼女を押しつぶしてきたのか、今こそ向き合わせなければならない。
奏は文香の隣を歩きながら、彼女が今どれだけ迷い、悩んでいるのかを感じ取っていた。二人の間に言葉は少なかったが、奏はその静かな時間を、彼女が心を開くための大切な一歩だと信じていた。
「文香、今日は少しだけ歩こうか?」奏は静かに言った。その声に、文香はほんの少しだけ目を向けた。
「どこへ?」彼女は短く答え、歩みを止めることなく前を向いている。
「君の過去に、少しだけでも触れてみたい。もし、君が話したいと思ったら…」奏は言葉を選ぶように言った。その言葉に文香は少しだけ目を閉じ、ふと立ち止まった。
「私の過去?」文香は少し驚いたような声をあげた。「それが何か意味があるの?」
「君が背負っているもの、それがどれだけ辛いものであったとしても、僕にはそれを分かち合うことができるかもしれない。それを一緒に乗り越えることで、君が少しでも楽になるなら、それができればと思っている」奏は真剣に答えた。
文香は静かに考え込み、しばらく黙っていた。その静かな時間の中で、奏はただ彼女の反応を待っていた。やがて、文香がゆっくりと顔を上げ、静かな声で言った。
「私が抱えているのは、『鉄の伝説』というものだ。」文香の声には、冷たさと、それに隠された痛みが混じっていた。「それが私を縛り続け、誰にも話すことができない。だけど、あの伝説から逃れられない。それが私の運命だと思ってきた」
その言葉を聞いた瞬間、奏は胸が締め付けられるのを感じた。文香がこれまでどれほど自分を犠牲にしてきたのか、それを理解することができた。そして、どうしてもその痛みを軽くしてあげたくてたまらなかった。
「その運命が君を苦しめてきたんだろ?」奏は低い声で言った。「でも、君がそれを背負うことをやめたとき、君の本当の自由が手に入るんじゃないか?」
文香は少しだけ目を伏せ、苦しそうに顔を歪ませた。「私はずっと、この町で生きるためにそれを背負ってきた。でも、それが私を壊すことになるなら…どうしたらいいのかわからない」彼女の声には、途方もない迷いと、深い痛みが込められていた。
「君が今、その痛みを抱えたままでいることは、もうやめよう」と、奏は静かに言った。「それを誰かと分かち合うことができれば、少しでもその重さが軽くなるかもしれない」
文香は一瞬だけ顔を上げ、奏を見つめた。その目に浮かんだのは、ほんの少しの驚きとともに、深い感情の揺れだった。彼女はそれをどうしても認めたくないようで、再び顔を伏せた。
「でも、私にはそんなことできない」と、文香はつぶやいた。「誰かに頼ることで、私は弱くなる。そんな自分が怖い」
「弱くなることなんてないよ。頼ることが、君を強くするんだ」と、奏は力強く言った。「そのために、僕はここにいる」
その言葉に、文香はしばらく何も言わず、ただ黙って歩き出した。奏はその後ろに続き、彼女がどれだけ心を開くことを恐れているのかを感じ取っていた。だが、彼女が少しでも自分を頼りにしてくれれば、それが二人の未来への一歩だと信じていた。