鉄の道を越えてー奏と文香ー

第17章: 鉄の道を歩む者たち
冷たい風が奏の顔に当たる。夕暮れ時の街角、無数の人々が帰路を急ぎ、騒がしさに包まれている中で、奏は一歩一歩、文香と共に歩いていた。空はすでに暗く、街灯がぽつりぽつりと灯り始めている。彼の心は、文香と共に歩むその一瞬一瞬に、何かを大きく変えられる予感がしていた。
二人の足音だけが響くこの静けさの中で、奏は文香の背中を見守りながら、自分の気持ちを再確認していた。昨日、彼女が言った言葉。『私はもう誰も傷つけたくない』その言葉が、奏の心に深く残り、少しずつ彼女の心を開いていくことができるのだろうかという不安が消えない。
文香はどこか遠くを見つめながら歩いている。その横顔に、奏は少しだけ目を向けた。冷たい夜風が彼女の髪を揺らし、その顔にわずかな憂いが見えた。奏は思わず声をかける。
「文香、もし怖いなら…」
文香はその言葉に反応せず、ゆっくりと足を止めた。そして、顔を少しだけ振り向けて、静かな声で言った。「怖いわけじゃない。でも、私にはその選択ができるのか、わからない」
その言葉が奏の心に突き刺さる。彼女が抱える痛み、過去のトラウマ、それがどれほど大きなものであるか、少しずつ理解してきたつもりだった。しかし、彼女が自分の選択を拒み続ける理由が、もっと深いところにあることを感じる。
「君は、もう誰かを傷つけたくないんだろう?」奏は静かに続けた。「でも、君が一人でいることが、傷つけない方法だと思うのか?」
文香はその質問に少しだけ目を伏せ、しばらく黙っていた。風が吹き、彼女の髪が揺れる。奏はその姿に、言葉を失う。彼女が抱えている痛みがどれだけ深いものなのか、その全てを理解するのは簡単なことではないと、改めて感じる。
「私は…」文香はふと顔を上げ、今度は奏を真っ直ぐに見つめた。その瞳に、揺れるような感情が浮かび上がっているのを見て、奏は胸が締め付けられる思いを感じた。「私は、もうこれ以上誰かを守れない。私が何かを守ろうとしても、結局は壊してしまうだけだ」
その言葉に、奏は驚きの表情を浮かべた。文香がそんな風に自分を責め、傷つけ続けているのだという事実が、心に重くのしかかる。
「それでも、君は誰かを信じて、頼ってほしい。君が怖がっても、少しでも信じてもらえるように、僕は君のそばにいる」と、奏はその思いをぶつけた。文香の目に一瞬の動揺が見えたが、それでも彼女はすぐに視線をそらした。
「信じることが怖い」と、文香は小さな声で呟いた。「誰かに頼ることで、その人を傷つけるんじゃないかって、怖いんだ」
その言葉を聞いた瞬間、奏は心の中で何かが崩れるのを感じた。文香が過去に抱えてきた痛み、そのすべてを受け入れることがどれだけ難しいか、改めて思い知らされる。だが、奏は彼女を守る決意を固めていた。
「それでも、君を一人にはしない。どんな痛みも、君が抱えきれないものがあれば、僕が支えるから」奏はその言葉をしっかりと胸に抱き、文香に向き直った。
文香はその言葉をじっと聞いていたが、すぐに顔を伏せ、静かに歩き出す。その背中に、少しだけ変化を感じるような気がした。奏はその背中を見送りながら、胸の中で強く誓った。この先、どんな試練が二人に待ち受けていようとも、彼女の側で支え続けることを。