鉄の道を越えてー奏と文香ー

第15-2章: 揺れる心、共鳴する痛み
薄暗くなった校庭を、奏は文香の後ろをついて歩いていた。夕暮れ時、周りの賑やかな声や足音が遠く感じられる中、二人だけが時間を共有しているかのように思えた。文香の背中に重なる影を見ながら、奏はどこか遠くに感じるその姿に、胸が締め付けられる。
彼女が一人でいること、誰にも頼らずに生きていること。その理由を知りたくて、どうしても無視できなかった。文香がどれだけ強くて、どれだけ痛みを隠しているのか。そのことをわかりたかったし、少しでも彼女の心の中に入っていければと思う。
しかし、文香は一歩も引かなかった。彼女の態度はいつも冷たく、遠くを見つめるような目が、奏の心を引き裂くように感じられる。それでも、少しでも近づけるかもしれないと思うと、心の中で何かが燃え上がるのを感じた。
「文香」奏が口を開くと、文香はわずかに立ち止まり、振り向いた。顔には何の感情も読み取れない。しかし、奏はその無表情の裏に何かが隠されているのを感じた。彼女は心を閉ざし続けている。
「何?」文香の声はいつも通り冷静で、無駄な感情を排除したものだった。
「君が昨日言ったこと、少しだけ考えた」と奏が続けた。「君がひとりでいる理由、僕にはわからない。でも、君がその痛みを一人で抱えるのが、どれだけ辛いことなのかは少しだけわかる気がする」
文香の目が一瞬だけ揺れた。だがすぐに、冷たい表情に戻る。
「それがどうしたの?」文香は少しだけ肩をすくめた。「私は一人でいるほうが楽だから」
「楽だと思ってるかもしれないけど、それが本当に君を楽にしてるのか?」奏の声には強い決意が込められていた。「誰もが頼りたいと思ってるんだ。僕だって、君に頼りたいと思ってる。それが悪いことだなんて思わない」
文香はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと顔を上げて言った。「頼ることが怖いんだ。誰かに頼ったら、また傷つくんじゃないかって思って」
その言葉に、奏は何も言えなくなった。彼女が背負ってきた痛み、それがどれだけ深いのか、少しずつ理解してきた。文香はずっとその傷を隠し続け、他人に頼ることでその傷がまた広がることを恐れている。
「君が痛みを抱えていることはわかる」と奏は静かに言った。「でも、ひとりで抱え込むことが、君をますます傷つけるんじゃないか?」
文香は再び目を伏せ、そのまま黙って歩き出した。奏もそれに続く。二人の歩幅が合わないような気がして、少し距離を感じるが、何も言わずにその距離を縮めていくしかなかった。
「君はどうしてそんなに心を閉ざしているんだ?」奏は問いかけるように言った。その声には、切実な気持ちが込められていた。
文香は足を止め、ゆっくりと振り返った。その目の中に、わずかな迷いが見えたように感じた。少しだけ、心が動いたのかもしれない。
「昔、私には…仲の良かった友達がいた。でも、その子を守ろうとしたことで、私は周りから孤立してしまった。それ以来、誰とも関わらないほうがいいと思って、ずっと一人でいたんだ」文香は低い声で、ゆっくりと語り始めた。その言葉は、奏にとって予想以上に重く響いた。
「その友達、どうしたんだ?」奏は問いを続けた。
「その子は、私が守ろうとしたのに結局、私のせいで傷ついてしまった。だから、私はもう誰かを守ることなんてできないと思ってる。私が傷つけるだけだから、誰とも関わりたくない」
その言葉に、奏の胸が痛んだ。文香が感じてきた孤独と痛み、その深さが少しずつ見えてきた。彼女はずっと、誰かを守るために戦ってきたのに、その結果として自分を追い詰め、ひとりで背負うことを選んでしまった。何も言わずに、ただその傷を抱えて生きてきた。
「でも、君がそれを一人で背負うことはないんだよ」と、奏はしっかりと言った。「僕が君の力になる。君が怖がっていること、傷つくことを恐れなくてもいいんだ。君にはその権利がある」
その言葉に、文香は一瞬だけ目を見開き、しばらく黙ったままだったが、やがて静かに言った。「ありがとう。でも、私は…まだそれを信じることができない」
その言葉に、奏は肩をすくめながら言った。「それでもいい。少しずつでいいから、信じてもらえるように、俺は君のそばにいる」
文香は少しだけ振り返り、そして再び歩き出した。その背中を見守りながら、奏は胸の中で思った。どんなに時間がかかっても、どんなに壁が高くても、彼女の心が少しでも楽になるように、少しずつ寄り添い続けることが大切だと。