鉄の道を越えてー奏と文香ー

第15章: 揺れる選択
冷たい風が奏の顔にあたると、彼は少しだけ歩みを速めた。学校を出て、街の灯りがぽつぽつと点し始める時間帯。空は深い藍色に変わり、周囲は少しずつ静けさを増していた。昨日、文香が見せた少しの変化が、奏の心に温かさを残しつつも、まだどこかで不安を感じさせていた。
彼女が「もう少しだけ考えてみる」と言った。どれほど少しでも心を開いてくれたことに胸が高鳴ったが、同時にその言葉の重さを感じていた。文香がどれだけ心を閉ざしているか、どれだけ傷ついているかを、奏は少しずつ知っていく。そして、今度はその傷をどうして癒していくのか、その方法を見つける番だと感じていた。
奏が校門を出ると、すぐに目に飛び込んできたのは、いつものように一人で歩いている文香の姿だった。彼女の後ろ姿が、どうしても一層孤独に見えた。学校の喧騒の中でも、彼女だけはどこか遠くにいるような気がして、奏はその背中に向かって歩みを進める。
「文香」声をかけた瞬間、彼女がゆっくりと振り返る。その目には、あの日のような冷たさは感じられず、少しだけ柔らかい表情が浮かんでいた。けれど、それでもその瞳には依然として警戒心が見え隠れしていた。
「何?」文香がいつものように冷静に答える。だが、その言葉にはどこか安堵感が含まれているようにも感じた。
「少しだけ話せないか?」奏は一歩近づき、ほんの少しだけ息を呑んだ。その距離が、二人の間でどれほど近づいているのか、奏にはわからなかった。だが、今はそれを確かめたかった。
文香は少しだけ黙り、静かに頷いた。彼女が歩き出すと、奏もその後ろをついていった。二人だけの時間が、すこしずつ作られていくような気がして、奏はその一瞬を大切に感じた。
「昨日のこと、覚えてるか?」奏が口を開くと、文香は歩みを止め、少しだけ顔をこちらに向けた。彼女の表情がどこか曖昧だったが、目の奥に何かを抱えていることは感じ取れた。
「覚えてるよ」と、文香が静かに答える。その声には、昨日と同じような冷たさが滲んでいた。
「君が言ったこと、ずっと考えてたんだ」と、奏は続ける。「君があんなにも一人でいなきゃいけない理由。それがどれだけ辛いことか、少しはわかる気がする。でも、君には一人で背負わせたくない」
文香はその言葉を静かに受け止め、少しだけ目を伏せた。「だから、私は一人でいるんだ。誰にも頼りたくない」と彼女は低く言った。その言葉が奏の胸に深く響いた。
「君がそれを一人で背負う必要はない」と、奏は力強く言った。「君は、ひとりじゃないんだ」
その言葉に、文香はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。「でも、誰も私のことを理解できない。だから、頼らないほうがいい」
その言葉に、奏は少しだけ息を呑んだ。そして、再びその目をしっかりと見つめた。「君がどんなに強がっていても、君の心はちゃんと感じてるよ。君が怖がっていることも、悲しんでいることも、全部わかる。でも、僕はそれを無視しない」
文香はその言葉をじっと聞いていたが、やがて少しだけ首をかしげる。「無視しないって、どういうこと?」
「君が苦しんでいるのに、見て見ぬふりはしたくないんだ」と、奏は真剣に答えた。「君がそれを抱えている限り、僕は一人でその痛みを支えられない。でも、君が少しでも心を開いてくれるなら、僕が一緒に戦うから」
その言葉に、文香は少し驚いたように目を見開いた。そして、しばらく沈黙が続いた後、彼女は深いため息をついて言った。
「私がそれを話すことで、君に迷惑をかけたくないんだ」と、文香は静かに言った。彼女の目には少しの涙が浮かんでいたが、それを必死にこらえようとしているようだった。
「迷惑なんてかけてない」と、奏はすぐに言った。その言葉には、何も恐れることはないという強い意志が込められていた。「君が傷ついているなら、僕がその傷を少しでも癒すために力を貸す」
その言葉を聞いた文香は、少しだけ振り返り、そしてしばらく黙って歩き続けた。奏はその背中を見守りながら、彼女の心が少しでも解ける瞬間を待ち続けるのだった。