鉄の道を越えてー奏と文香ー

第14章: 鉄の枷と新たな一歩
翌日、朝の寒さが一層強くなり、空はどんよりとした灰色に覆われていた。奏はその冷たい風に身をすくめながら、学校へ向かって歩いていた。昨日の文香との会話が頭を離れない。彼女が抱えているもの、過去に犯した選択が彼女をどうしても苦しめていることは理解したが、それでも彼女に寄り添いたいと思ってしまう自分がいる。文香の強さも、彼女があえて心を閉ざしている理由も、すべてを受け入れた上で支えられる自分になりたい。
校門をくぐると、すぐに生徒たちの声が響く。いつも通りの活気に満ちた校内だが、奏はその中に身を置いている自分がどこか浮いているような気がしていた。気づけば、再び目の前に文香の姿が現れた。彼女は他の生徒たちと異なり、少し後ろに引っ込んでいる。まるで周りの喧騒を避けるように、一人で立っている。
その姿を見ると、奏の胸が締めつけられるような思いが込み上げてくる。文香は昨日、少し心を開いてくれた。しかし、まだ何も知らない。彼女が抱えるものがあまりにも重く、深く感じられる。彼女がどんなに強がっても、その中に隠された痛みは消えていない。彼女がその痛みを誰かに打ち明けることなく過ごしていることが、奏にはたまらなく辛かった。
「また一人か?」その声が、文香の耳に届く。振り向くと、奏がそこに立っていた。文香はほんの一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐにその冷たい表情を取り戻した。
「何か用?」文香は無表情で答えるが、その声にはわずかに疲れが滲んでいた。奏はそのわずかな変化を見逃さず、心の中で一歩近づこうと決意を固める。
「君に話があるんだ」と、奏は真剣な顔で言った。「昨日、君が言ったことを考えてた。君がどれだけ孤独を感じているか、少しはわかる気がする。でも、僕が君の力になりたいと思ってる」
その言葉に、文香の目がほんの少し揺れるのを見逃さなかった。彼女は無言で立ち止まり、しばらく奏を見つめていた。
「頼られるのが怖いんだろ?」奏は続けた。「でも、頼ることが悪いことだとは思わない。君が一人で抱えきれないことがあれば、僕に言ってほしい」
文香は黙ってその言葉を受け止めている。奏はその沈黙を怖れながらも、さらに踏み込んで言葉を重ねた。
「君は、ひとりで背負いすぎだ。どんな過去があったとしても、僕は君を支えることができるんだ。少なくとも、今は君を一人にしたくない」
文香の顔に、わずかな苦悩が浮かんだ。彼女はその言葉に反応することなく、ゆっくりと歩き始める。その背中がどこか小さく感じられ、奏はその背後に追いすがるように歩いた。
「待ってくれ」と、奏が呼び止めると、文香は足を止め、ゆっくりと振り返った。その表情には、まだ隠しきれない不安が浮かんでいる。
「君が僕を信じられないのはわかる。でも、少しずつでも近づいてくれたら、僕はそれで十分だ」と、奏は続けた。文香はその言葉に、また沈黙した。
その瞬間、何も言わずに歩き出した文香が、ふっと振り返り、静かに言った。「私、もう少しだけ考えてみる」
その言葉を聞いた瞬間、奏は胸の中に温かいものが広がるのを感じた。文香がほんの少しでも心を開いたことを感じ取り、奏はその一歩を踏み出す勇気をもらったように思えた。

放課後、学校を出た後も、奏の心は晴れなかった。文香が言った「もう少しだけ考えてみる」という言葉。それが本当に彼女の心を開くための一歩になっているのか、まだわからない。だが、それが少しでも希望に変わる瞬間だと信じたかった。彼女の過去にどれほどの痛みがあったとしても、彼がその痛みを少しでも和らげることができるなら、それがどれだけ難しくても、絶対に諦めたくなかった。
街の明かりが少しずつ灯り始め、夕闇が迫る中、奏は歩きながら考える。文香と向き合うために、彼はどうすべきか。少しずつ、少しずつでも彼女に近づき、心を開いてもらいたい。しかし、その過程で彼がどれほどの痛みを感じることになるのか、文香にとってそれがどういう意味を持つのか、それは誰にもわからない。
だが、奏はそのすべてを受け入れようとしていた。