鉄の道を越えてー奏と文香ー

第10章: 揺れ動く心と鉄の伝説
冬の冷たい風が校庭を吹き抜け、奏は再び文香の姿を見つけた。彼女はいつものようにひとりで校庭の隅に立っている。周囲の騒がしさが遠くに感じられるほど、文香の姿だけが目に留まる。奏は自然と足を向け、彼女の元へ近づいていった。心臓が高鳴る。何かを言わなければならない。彼女の秘密を知りたいと思う気持ちが、ますます強くなっていく。
「文香」と、奏は声をかけた。文香はその声に反応し、静かに振り返る。その目が、冷たく、遠くを見つめるように感じられた。彼女は一瞬、息を呑んだように見えたが、すぐに無表情に戻る。
「またか?」文香は短く答えた。声の中に、無関心と少しの警戒が混じっているのが感じられる。
「君が、あの伝説と関係してるって聞いた」と、奏は言った。その言葉に、文香の目がわずかに動いたのを見逃さなかった。それでも、彼女は言葉を選ぶようにして口を開いた。
「何を知りたいの?」その声には、どこか冷徹で、どこか痛みが隠れているように感じられた。奏はその言葉に、思わず胸が苦しくなるのを感じた。
「君が隠していることだよ」奏はそのまま言葉を続けた。「君が抱えているもの。それが僕にとって重要なんだ」
文香は少しだけ目を伏せ、しばらく黙っていた。奏はその沈黙が耐えられなかった。彼女が言葉を発するのを待ちながら、心の中で何度も自分を励ました。
やがて、文香はゆっくりと顔を上げ、言った。「鉄の伝説は、私の家族と関係がある。でも、誰もそのことを知らない方がいい」
その言葉が奏の胸に強く響いた。家族と関係がある?それがどういうことなのか、そしてなぜ文香がそれを隠さなければならないのか、まったく理解できなかった。ただ、彼女が言葉を発した瞬間、何か重いものが胸に積み重なったように感じられた。
「どうしてそんなに怖いんだ?」奏はその疑問を口にする。「君は一体、何を抱えているんだ?」
文香はしばらく黙っていたが、その顔にわずかな苦悩が浮かんだ。彼女が心の中で何を抱えているのか、それを感じ取ることができた。けれど、奏はさらに踏み込まなければならない気がして、言葉を続けた。
「もし君が辛いことを抱えているなら、僕に話してくれ」と、奏は真剣に言った。「僕は君のことを、少しでも理解したいと思っている。君を支えたいと思っている」
文香は一瞬、目を閉じると、静かに口を開いた。「私の家族は、この学校の『鉄の伝説』に関わっている。その中でも、私はその後を継ぐ役目があると言われてきた。でも、それを嫌っている。だから、ずっと一人でいるんだ。だれにも頼らず、関わらずに」
その言葉が奏を強く揺さぶった。文香が抱えているもの、それは彼女にとってあまりにも重い過去であり、周囲と距離を取らなければならない理由そのものだった。文香が誰かに頼ることなく、心を閉ざしているのはそのためだ。そして、それを知ってしまった奏はどうすればよいのか、わからなくなる。
「君がその役目を拒んでも、それが君の人生を縛ることになるのか?」奏は彼女に向かって問いかけた。文香は静かに目を伏せ、何も言わずに立ち尽くしている。その姿が、どこか無力感を感じさせる。
「もし君がその過去に縛られたくないなら、俺が力になりたい」と、奏は言った。「でも、君はそれを受け入れることができるのか?」
文香はその言葉に対して、何も言わずにただ黙っていた。彼女の心に何があるのか、それを感じ取ることはできた。だが、何を言っても、彼女はそれを受け入れることができないだろうという気がした。
「私は、誰にも頼らない」と、文香は静かに言った。「それが私のやり方だから」
その言葉に、奏は無力感を覚えると同時に、彼女をどうしても放っておけない自分がいることに気づく。文香がどれほど辛い思いをしてきたのか、その背中に沈んだ影が、彼の心をさらに引き寄せる。