「もう、なくなっちゃったけど…」
そうだ、転入初日にケーキ屋さんに訪れた私は、お店の前で会った澪くんに、ケーキ屋はつぶれた、と聞かされたんだ。
「どうして…?」
澪くんは感情を押し殺すように答える。
「母が身体を壊したんだ」
澪くんによると、ケーキを焼くのが大好きだった澪くんのお母さんは、住宅街の小さな一角でケーキ屋さんを開いた。
好きなことを仕事にして、最初の方は順調に営業も出来ていた。
けれど好きなだけでお店を開くのは難しい。
新作のケーキに悩んだり、予算や売れ行きなんかも考えているうちに、澪くんのお母さんは身体を壊してしまった。
ケーキ屋を一緒に営んでいた澪くんのお父さんと、澪くんとでなんとかがんばっていたけれど、それも難しくなって、お店をたたむことになっちゃったんだって。
「ちとせは憶えていないかもしれないけど、俺が店番をしてたときにちとせがケーキを買いに来たことがあったんだ」
「ええっ!?」
「ショートケーキを買いに来たちとせは、クッキーの試作品を配っていた親父にクッキーをもう1枚いるか?と訊かれて、大丈夫です!と答えてた。本当はすごい食べたかったんだろうな。クッキーから目が離せなくなってて、その時、こいつ嘘が下手だなぁ、って思ったよ」
そう笑いながら語る澪くん。あまりの恥ずかしさに頬が熱くなっていくのがわかる。
「なんでそんなこと憶えてるのっ」
昔の私、食い意地が張り過ぎてるっ!
「今もまったく変わってないけどな」
「うぐっ…」
「ちとせと会ったとき、どこかで見たような気がしてたけど、うちの常連さんだったことに気がついた」
そっか、そうだったんだ。
だから澪くんは昔がどうのって言ってたんだ。
「本当はあのとき、嬉しかったんだ」
「え?」



