休日のとある日のこと、私がケーキ作りをしているようすをいつもものすごい勢いでスケッチしている兎山くんの手が、ぴたりと止まった。

 兎山くんにモデルを頼まれてから、兎山くんの手が止まるのははじめてのことだった。

「あ、もしかして、角度が良くなかったかな?見えづらいかな?」

 いつも自然体でいいと言ってくれていたから、モデルであることは気にしすぎないように、自然にケーキ作りをしていたんだけど、もしかしてよくなかったかな?

 そう心配になって訊いてみたんだけど、兎山くんは何かを我慢するみたいに鉛筆を握りしめた。

「ねえ、花宮先輩」

「ん?」

「今日でモデル終わりでいいよ」

 兎山くんの口から、そんな言葉がもれた。

「えっ!なんで?私、なんか上手くできてなかった!?」

 突然のモデル終了宣言をされた私は、驚いて聞き返した。

 もしかして、やっぱり私なんかじゃ、役に立てなかったのかなぁ…。

 そう思っていると、兎山くんは少し投げやりな感じで言葉を吐き出した。

「花宮先輩は別に悪くない。ただ、こんなことしても、意味ないって思っただけ」

「意味、ない?」

「こうやってスケッチして、女の子が可愛く描けるようになったって、なんの意味もない」

「そんなことないよ!だって兎山くんは、漫画家になるために、」

「なれないんだ!!」

 私の言葉を最後まで聞くことなく、兎山くんはそう声を荒げた。

「え…?」

 兎山くんはぎゅっとこぶしを握りしめる。

「この前、実家に戻ったとき、父様に言われたんだ。漫画なんてくだらないって。お前なら絵画の道で十分やっていけるのに、なんでわざわざそんな世界に足を踏み入れるのかって」

「そんな…」

 そういえば先週末に兎山くんは実家に帰っていて、それからちょっと元気がないように感じていた。