その日から兎山くんは寮でも私を観察するようになった。

 兎山くんはふだんからスケッチブックを持ち歩いていて、いろんなものをスケッチしている。

 私だけじゃなくて、いろんな気になったものをスケッチしているから、寮のみんなに怪しまれることはなかった。

 ただひとりをのぞいては……。

「で、祐希と仲良くなったと思ったら次は慶次郎か」

 いつものように晩ご飯のあと片付けをしているとき、澪くんにそんなことを言われた。

「ええっ?」

「最近よくいっしょにいるだろ」

「あ、うん。私のケーキ作りの模写とかしてるよ、この前ちらっと描いた絵を見せてもらったんだけど、ケーキもすっごくおいしそうに描いてくれてて」

「ふーん」

「あ、そういえば。澪くんは、お菓子作り部がいつ活動してるかって知ってたりする?」

「えっ…」

 雪城先輩や祐希くん、兎山くんにもお菓子作り部が活動している時間に遭遇したことはないかって聞いてみたんだ。

 でもやっぱりみんなお菓子作り部が活動しているところは見たことがないみたい。

 澪くんも知らないだろうなぁ、とは思いつつも一応聞いてみた。

「……知らない」

「そうだよね」

 返ってきた言葉は、やっぱり予想していた通りだった。

「ひとりの部活だから、気ままに活動してるんじゃないか?」

「そうだよね、ひとりだったら好きなときにきっと活動してるよね…」

 ん?ひとり?

「お菓子作り部って、ひとりなの?」

 ひとりでも部活動として設立できるとは聞いていたけれど、お菓子作り部がひとりの部活動だなんて、雪城先輩は言っていたっけ…?

 私が首をひねっていると、澪くんはなぜかあわてて言葉を付け足す。

「あ、いや、たしかひとりだって聞いたことがあった気がして…」

「そうなんだ!」

 お菓子作り部の部員さんはひとりなんだ。

 そっかぁ、それはなかなか会えないよね。

 きっと他の部員と相談とかもしないから、好きなときに好きなお菓子を作って、って感じで活動しているのかも。

 お菓子作り部に関する新しい情報ゲットだ!

「ありがとう、澪くん!また気ままに家庭科室に寄ってみるね」

「…ああ」

 どんな女の子がお菓子を作っているんだろう…?

 私はそんな想像を膨らませながら、いつか会えるといいな、と胸を躍らせるのだった。