自分の部屋にもどった俺は、ドアを閉めたところで右手を見つめて立ち止まった。

 あやめのサラサラな髪をなでた感触がまだ残っている。その感覚は、俺の胸をきゅっと締めつけた。
 イヤな感情じゃないのに、苦しい。でもその苦しさもどうしてかうれしくて……。
 きっと、これが愛しいって感情なんだろうなって思う。

「……またかまってくれてもいいよ、か」

 あやめの不器用な照れかくしの言葉を思い出して、思わず小さく吹き出した。
 いつもだったら恥ずかしくて言わない言葉。それを頑張って伝えようとして、でも恥ずかしくてちょっと失敗したみたいな言い方。

 ずっとあやめを見ていた俺からしたら、丸わかりだった。

 演技しているときのあやめは完璧だけど、それ以外のときは見ていればすぐわかるし。
 あやめの、よく見ると青みを帯びた黒い目はとても感情を映しやすいみたいみたいだから。

 でも、だからこそ俺はあやめのことが大好きなんだ。

 右手の感覚を閉じ込めるようににぎって、はじめてあやめを意識したときのことを思い出す。


 【夜天光】に来て、少し経ったころだ。

 施設にいたころも感じていたけれど、みんなとは違う見た目に異物感を覚えていた俺は、周りとあまり関わらない方がいいと思い込んでた。