シークレット・ミッション~なりきり悪女の恋愛事情~

「あやめ? ケガしてるんじゃないか?」

 そうしてつかまれた左手の甲には、たしかにすり傷があった。大したケガじゃないけれど、少しだけ血も出てる。

 この程度、訓練していればたまにあるし本当に大したことは無い。でも、今の状況で悪女だったら大げさなくらい痛がるかな?
 そう思って痛みをうったえ辰見くんにすり寄る演技をしようと思ったけれど、その前に辰見くんがこの場を治められず人形のように棒立ちになっていた先生に声をかけた。

「先生、あやめケガしてるので、保健室つれて行きます」
「お、おう。頼んだ」
「さ、行こう」

 先生の返事を聞くと、すぐに私の手を引いて歩き出す辰見くん。

 今は寧ろ一叶ちゃんに付きそってあげて欲しいんだけどな……と思いつつも、私は悪女ムーブを出せるチャンスは逃さなかった。

 一時でも辰見くんを奪えて喜んでいる風を装う。
 顔だけ後ろを振り返り、うつむいている一叶ちゃんを見下すように得意げな笑みを浮かべた。

 そんな私の表情を見ていたクラスメイトは、私の悪女っぷりにドン引きしたり、恋人をうばわれた一叶ちゃんに同情の目を向けている。

 取り巻きの三人は、ショックを受けていそうな一叶ちゃんを楽しそうに見ているし……。

 さっき声を上げた松田くんは心配そうに一叶ちゃんを見ていたけれど、途中で私へと視線を移動させる。

 敵意に満ちた目で私をにらむ松田くんに、そういえば彼は写真部に入っていたな、と思い出した。