翌朝、私は学園の校門で辰見くんを待っていた。

 昨日は初日の小手調べみたいなもの。本格的に悪女を演じるのは今日からだ。
 そのためには辰見くんのことを好きなフリもしなきゃならない。

 今回の私は辰見くんの従姉妹で、ずっと彼の婚約者になりたかったから、一叶ちゃんが邪魔でいじめている。っていう設定になっているから。

 設定を確認するようにやるべきことを考えていると、目の前に高級そうな乗用車が停車する。
 待っていた人物の登場に、私は辰見くんのことが大好きな従姉妹という存在になりきるため切り替える。

 自分を薄くして、思い描いておいた悪女像の型に意識をカチリとはめ込むと、私は車から降りてきたばかりの辰見くんにかけよった。

「哩都! おはよう!」

 あいさつと共に、遠慮もなく彼の腕に抱きつく。
 まるでこんな風に近づけるのは自分だけの特権なんだとばかりに、得意そうな笑みを口元に浮かべて。

「っ、とき――あやめ。はなしてくれないか? こんな風につかまれたら歩けないよ」

 少し長めのサラサラな茶髪に囲まれた優しげな顔を戸惑いの表情に変えた辰見くんは、一瞬私を苗字呼びしそうになったけれどすぐに合わせてくれる。

 仲のいい従姉妹だけれど、距離が近くて困っているという対応。
 辰見くんも中々演技がうまいと思う。
 まあ、困って戸惑っているのは本気で思っていることだろうけれど。

 だって、辰見くんの後に車から出てきた人物が一叶ちゃんなんだから。