「にいな……!」
たまにこうして呼んでくれるようになった。
それは主にふたりきりのとき。
学校では滅多になのに。
今は驚きが大きかったから咄嗟に、って感じだろう。
真夏日のグラウンドをひとりで走ってる吹奏楽部の彼女がいれば、そりゃあ驚くよね。
「部活は…?なんで走ってるんですか、本選大会は明後日のはずなのに…」
「……これ、わたしの特別メニューなの。ほらっ、わたしロングトーンが武器だから、きっとそこで使いたいんだと思う!」
「……そう、ですか」
切なそうに眉を寄せて、然くんはわたしの汗ばんだ髪を撫でた。
吹奏楽部は予選を悠々突破。
つぎに待ち受けるは本選大会。
審査員からトロンボーンのソロが良かったと名指しされるほど、名波くんの音は仲間たちに貢献している。
「優勝は───私立鈴ヶ谷高等学校」
わたしは部員たちの楽器を一緒に運んだり、3年として後輩たちを観客席に案内したり。
本選大会でもずっとステージを見ている側だった。
県代表に選ばれたとしてもまるで他人事。



