あそこまで悩みに悩んでいたのに、そんな事はしなくてよかったのだと思うと……安堵したと同時に、嬉しさが込みあがってくる。けれど、その中には不安もある。
「……その、私は騎士ですから、他の令嬢とは、かけ離れていますし……男爵家の、娘ですし……」
「王国憲法の中に、侯爵家当主と男爵家令嬢が結婚してはいけないとどこに書いてあるんだ。何章の何ページの何行目だ」
さ、さぁ……? 王城騎士団に入るための入団試験で筆記試験があったから勉強したけれど……あったっ……け……?
ズバッと即答で答えられてしまい、何章の何ページまで言う人だったのかと呆気に取られてしまった。
「か弱く他人に頼ることしか脳がなく、四六時中目をやってやらなきゃ死んでしまいそうなご令嬢なんかよりテレシアの方がずっといい。騎士の誇りを持ち己を守れる強さを兼ね備えた凛々しいご令嬢の方がよっぽど魅力的だ」
そこまで褒められて恥ずかしいのもあるにはあるけれど、私はご令嬢への随分な言われように、ツッコミを入れた方がいいのではとも思ってしまった。死んでしまうとか、どうなの……?
でも、嬉しかった。
〝騎士の誇りを持っている〟
その言葉を他人に言ってもらえた。しかも雲の上のような近衛騎士団の、しかも騎士団長に言ってもらえるのは、名誉と言ってもいいくらいかもしれない。
だから、つい、つい目の前の団長様を……抱きしめてしまった。昨夜、我慢に我慢して蓋をしていたから、解放された事への嬉しさからだろうか。背中を優しくなでてくれる手が、温かい。
今更ながらに恥ずかしい事をしてしまったけれど、高揚感に浸ってしまった。
けれど……
「可愛いな……食べてしまいたいくらいだ……」
一瞬にしてそれは壊されてしまった。しかも、ご本人様によって。
た、食べてしまいたい……?
「さ、テレシア。忘れていたとはいえ浮気は浮気。お仕置きだ」
「……」
身体を離され、力強く、顎を掴まれてしまった。目の前の団長様の目が光った事に、危機感を覚えた。
私の目の前にいらっしゃるのは、団長様ではなく静かに狙いを定める猛獣のように見える。そんなオーラと、鋭い視線に、恐ろしく感じた。
「えっ……あ、あの、お仕事、は……?」
「さて、どんな言い訳にしようか」
「はぁ!?」
「陛下の近くには副団長がいるし、他の奴らにも指示を出してある。だから気にしなくていい」
気にしないわけないでしょう!! 近衛騎士団の団長様がこんな所でサボってていいんですか!!
今は隣国の使節団が来訪されている大変な時に、こんなところにいていいのかと言いたいところではあっても、この目だけ笑っていない笑みを前にしては私は何も言えなくなる。身震いまでしてしまいそうだ。
「そうだな……外で伸びていた猫に声をかけたら可愛くてすぐに帰れなかった、にしようか」
「はぁ!?」
猫!? 近衛騎士団長様が猫なんかになんてことを……!?
そんな危機感を覚えていると、懐に仕舞っていた懐中時計を出してきて、笑顔でふたを開き私に見せてくる。
「20分だ。20分で勘弁してあげよう」
「……」
一体どんなお仕置きが……と思うと寒気がしてきた。けれど、顔が良すぎて抵抗出来ない。
公私混同に、仕事放棄。あの冷徹無慈悲な悪魔の騎士は一体どこに行った。
「――好きだよ、テレシア」
いや、悪魔で間違いないかもしれない。
私の心を、甘い言葉で堕とした、悪魔だ。



