綾は俺たちを覚えていない。
覚えてないんじゃ、このまま病室にいても仕方ない。
「……綾……嘘じゃろ?」
陽子の声に、綾が俯いていた顔を上げる。その瞳を見れば、嘘じゃないと一目瞭然だった。
「どうして覚えちょらんの……あたしのこと、ほんとは分かっちょるじゃろ?」
「陽子……」
堪えていた涙が陽子の頬を流れ、陸が落ち着かせようとしている。
綾は不安げに陽子をじっと見て、
「ごめんなさい……」
と、蚊の鳴くような声で言った。
「なんでだが!!」
「陽子っ!」
陽子は陸に抱き締められ、泣き崩れてしまった。
「ずっと……毎日、一緒だったんに……」
陽子の言葉に、胸がえぐられるようだった。
「……みんな、今日は帰ろう」
そう言った俺に、おじさんが目を向けた。
「……京くん」
「……今日は帰ります。綾も……検査あるでしょうし。ご迷惑でなければ、また来ます」
「……ごめんね。また、追って連絡するよ」
申しわけなさそうに微笑んだおじさんに軽く会釈し、立ち尽くすみんなに「行こう」と声をかけて廊下へ促す。
横目で綾を見ると不安げに眉を寄せ、俺たちを見ていた。
誰なんだろう。そんな感じ。
病室を出てドアを閉めれば、陽子のすすり泣く声が静寂な廊下に響いた。
……受け入れ難い真実だけど、受け入れなきゃならん。
綾が俺を忘れても、俺がやるべきことは何ひとつ変わらんのじゃから。



