神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

安堵(あんど)の息をつき、その腕の持ち主を見上げる瞳子と、聞き取りにくいボソボソとした声で応える黒猫の獣人。
そのまま斜面を下り、横抱きにした瞳子を平らな地に降ろすと、ジンはふたたび姿を消した。
……村人に目につかぬようにするための、彼なりの配慮だろう。先日の反省をしているのだ。

(犬貴殿とは違うが──ジンも良い“眷属”になれるな)

「ジン、俺からも礼を言う。よく瞳子の身を護った」
『いえ……礼には、及びませぬ』

言葉足らずではあるが、間違いなく自分の選択は正しかったのだと思わせる“眷属”だ。
そう思う一方で、何かが双真の胸の奥でつかえていた。

(……なんだ、この晴れない気分は)

双真は、自身の心にかかる(もや)に、こっそりと息をついたのだった。



『紫陽花』の挿し木の成長を促すため、双真は“神獣”の力を遣うことにした。植物の育成は、赤い“神獣(かみ)”の最も得意とするところだ。

さすがに、これ以上は瞳子を付き合わせるのも忍びなく……また、少し頭を冷やしたいという思いから、ジンに瞳子を託し、先に屋敷に戻ってもらった。

(稲作の時と同様、いきなり成長させるのではなく──)

普通の成長速度より、少しだけ早く育つように力の均衡を加減する。
まだ“国獣”としての地位を正式に得た訳ではないので、控えめにしておくのが無難だろうと双真は考えた。

(これ以上、『敵』は増やさないに限るしな)