神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

集落から離れた人気のない森へ入り、そろそろ双真の『力』を使い屋敷に戻れるだろう頃合い。
瞳子は、隣を行く双真を見上げて問う。

「……さっきの、やっぱりなんかあるの?」

陽はとうに暮れ、木々を透かした夜空には、大きな月が浮かんでいた。
ああ、と、双真がうなずく。

「正式には、イチに“眷属”としての名付けの儀式を頼んでからとなるが───(じん)

双真の声に反応するように、ボッと浮かび上がったのは、火の玉。手鞠(てまり)ほどの大きさのそれが、瞳子の目前で宙をすべって弧を描く。

(えっ……)

炎の明るさに慣れた目が錯覚を起こすような、暗闇が訪れた。消えた、火の玉。
ゆらり、と、闇が動く。

「そっ……」
「……はつに、お目にかかる。……かた様」

思わず、双真の背に隠れかけた瞳子は、寸前でその漆黒の存在に目を奪われる。

(嘘でしょ……!)

小山のような、体躯(たいく)。一瞬、熊かと見まがうほどの───おそらく猫、だった。

真っ黒かと思ったが、人のようにまとった(あわせ)は上衣を腰に落としているため、首周りから胸の辺りまで白いのが分かる。
それがツキノワグマのようで、さらに『熊感』を見る者に与えるが───。

「……瞳子?」

心配そうに双真からかけられた声に、瞳子はあわてて首を横に振ってみせる。