神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

しかし、村人にはああ言ったものの、熊への対処は、本当は距離を置き逃げるのが得策だろう。

(双真が、逃げ遅れた人を保護してればいいけど……)

林の中と限定されてるとはいえ、場所は広い。
熊がいる地点と逃げ遅れた人の居所が、どういう位置関係になっているかは、目視しなければ分からない。

(双真っ)

林の手前、声に出さずに呼びかけてみる。大声をだして熊を刺激してはならないという思いからだったが───。

陽が暮れ落ち、薄暗い杉林の奥に目をやれば、人影があった。

袖括(そでくく)りの白い紐が揺れ動く───黒っぽく見えた着物だが、近づけば紺色だと分かる。双真と……その背に負われた老爺(ろうや)の顔が窺えた。

ホッと胸をなでおろし、瞳子は彼らに歩み寄って行く。

「双真、大丈夫……?」
「ああ、心配ない」
「熊は……?」
「いや……うん。どうやら、見間違えたらしい。腰を抜かしてしまったようで、連れてきた」

側で見上げた双真は、何となく浮かない表情をしている。
不審に思いつつも、瞳子は双真と共に、『辰じい』と呼ばれていた老人を家に送り届けた。

「───瞳子。帰る前に、話があるんだが」

村人たちに感謝されつつ見送られ、片手を上げて立ち去るなか、双真が瞳子に耳打ちしてきた。