神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

そうして、装いを整えた瞳子が向かった庭先。
紺色の直垂(ひたたれ)姿の双真がいた───こちらも、普段とは違う色をまとうのは、言うなれば架空の役人となるからだ。

「瞳子」

朝日のまぶしさに目を細めるように瞳子を見やった双真の片手が、こちらへと伸ばされる。

今日の目的地は、屋敷から一番近い村───上海神(かみうなかみ)だ。そこの外れまでは、双真の『力』で向かうことになっていた。

「よろしくね、双真」
「ああ、こちらこそ」

瞳子は、初めて訪れる土地に、期待と不安を胸に抱きながら、双真の手に手を重ねる。



上海神は、その名が示す通り、海に近い農村部であった。田畑を耕すための上質な砂地が多く、畑では主に根菜類を収穫しているようだ。

「……ですがねぇ、時々、獣に持ってかれちまうんですよ。せっかく丹精こめて作ってもねぇ。柵は、役に立たねぇし」

「そうか。それは困ったな。獣の被害について“国府”に報告しているのか?」

「したって、手を打ってなんざくれませんや。あたしらには解らねぇ理屈で、納める数を言いなさる。
こちとら別に、誤魔化そうなんて気は(はな)からないんですがねぇ──」

村長(むらおさ)としては比較的若いだろうと思われる、壮年の男。
集落を案内してくれ、と告げた双真に従いながらも、その口から漏れるのは不満ばかりだ。