神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

「えっ? やだアンタ、イチが言ったこと気にしてる?」

驚いたようにこちらを見返す瞳子に、苦笑いを浮かべた。

「……まぁ、一応」

自重する思いはあるが、やはり手を伸ばせば届く範囲にある“花嫁”の濡れ髪は、気になる。
イチのいう通り、いまの双真の“神獣”として力量があれば、視線ひとつで乾かすことも可能だろう。それでも。

(たとえ口実であっても、それで気兼ねせずに触れられるなら、そのほうがいい)

白狼とのことがあったその日に、当然のように瞳子を求めるのは、ためらわれた。

「あの時はイチもいたし、言いづらかったから言わなかったけど」

盃を置き、瞳子がこちらに身をのりだすようにして、双真のほうへ肩を寄せる。とん、と、預けられた細い肩先から流れ落ちる、つややかな黒髪。

ふふっと、瞳子が笑った。

「私、別に口実だろうがなんだろうが、双真に触れられるの、ヤじゃないわよ?」
「……なら、良かった」

(はや)る鼓動をよそに、許しを得たその髪を()くようになでる。

(にしても、瞳子は相変わらず──)

無自覚に双真の理性を翻弄しては、その愛らしさで双真の情欲を煽ってくる。

(“神獣(オレ)”の息の根を止められるのは、“花嫁(とうこ)”だけだ)

「それで? 話というのは、なんだ」