神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

猫の獣人の兄妹、妙子と刃は、双真が『虎太郎(こたろう)』であった頃の古なじみだ。

領地の村里に熊が出て悪さをするという話を聞きつけた元服前の虎太郎が、その『力』でもって撃退しようとしたところ、兄妹の事情を知り、萩原(はぎはら)の屋敷に連れ帰ったのだ。

(刃に、召し抱えてやると言ったが)

素っ気なく断られた。
その代わり、妹を頼むと言われ、当時 乳母(めのと)であった早穂(さほ)──いまの桔梗(ききょう)だ──に託して妙子に行儀作法を身につけさせたのち、由良(ゆら)の護りにつかせたのだった。

(いまじゃイチ並みに小言が多くなったからな、妙子も)

思いだしたようにふらりと妙子の顔を見にくる以外、刃はあまり姿を見せないが──その(あやかし)としての力量は双真もイチも一目置いている。

(瞳子の護りにつかせるには、刃以上の適任はいない)

正直、ひと時たりとも瞳子の側を離れたくない気持ちはある。
けれども、この国──“上総ノ国”の赤い“神獣”として為すべき“役割”を前に、一日中、“花嫁”にべったりくっついている訳にもゆくまい。

(ただ、ひとつ問題があるとするなら──)

と、わずかな憂いが頭をよぎった、その時。廊下を伝う、静かな足音が聞こえてくる。

桔梗ではない。あの者は足音を立てずに歩くからだ。

とすれば。