神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

器用に物事をこなし、人の心の機微も敏感に察するのに。それでも慎重に、重要な場面では瞳子の意思を確認してくれるから。

(……なによ、これ)

瞳子は、一切の気配も感じさせずに、それでも、白狼とのやり取りを廊下で見守ってくれているだろう双真を、想う。

(結局また……アイツが好きなんだって、再認識させられただけじゃない)

馬鹿みたいだ、と、自分の胸の内で悪態をつきながらも、愛しさであふれそうになる想いを、かろうじて心に留めた。

自分がいま幸福だからこそ、瞳子は白狼の行く末を、思いやれる。
先ほどまでの責める口調を改め、諭すように白狼に語りかけた。

「もし、あんたが私と本気でやり直したいって思うなら、その想いは、今生の『白狼』として、大切な“花嫁”に向けるべきだと思うわ。
自己完結しないで、ちゃんと【その人】と、向き合いなさいよ」
「……あなたは、僕の“花嫁”ではないと、言いきるんですね?」

力のない笑みを浮かべる白狼に、瞳子はうなずき返す。
右手のひらの内側。親指のつけ根にある、赤い宝石のような“(あと)”をにぎりしめながら。

「そうよ。私は、赤い“神獣”の“花嫁”だから」
「僕の、真実(ほんとう)の名前を知っているのに?」

瞳子への未練を隠しもせずに、白狼はうらめしそうにこちらを見る。