神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

(なんで、気づかなかったんだろう……)

白狼と“大神社(おおかむやしろ)”で再会した際に。

この屋敷に滞在した短い時間。瞳子は、白狼や菖蒲たちに一度たりとも自分の名を訊かれなかったのだ。にも関わらず、彼は瞳子の名を【知っていた】。

人づてに聞いた可能性は、まったくないとは言えない。しかし、この話し方の抑揚は間違いなく樋村のもの───瞳子が、忘れていただけ。

「僕が【誰か】……もう、お解りですよね?」

背丈も顔も、声色も違う。そして彼は『人』ですらない。白い狼の姿をした“神獣”が本性の、別個の存在。
だが、その内包する魂が瞳子のよく知る人物と同一なのだと、認めざるを得なかった。

この世界───“陽ノ元”に来て、様様な不可思議現象に遭遇したが──かつて自分と付き合った者が生まれ変わっていたことが、一番の衝撃だった。

瞳子は目の前の青年を、じっ……と、見つめる。

「樋村、直秀(なおひで)。あんたに起こったこと……私にも、解るように説明して」

うながせば、白い“神獣”の“化身”であるはずの存在は、その(うつ)し身を脱ぎ捨てるかのように、大きく息をついた。

「この世界に生まれ落ちた僕は、獣でした。“神獣”と呼ばれ尊ばれるモノだと告げられても、意味が解らなかった」

まるで他人事のように、淡淡と、語り始める。