《十》
雨上がりの朝。濡れた葉から雫がこぼれ、庭先にある石灯籠に落ちた。
瞳子は、それを目の端で映し、前を歩く中年の女───“花子”の菖蒲の後に続いて行く。
初対面時と同様、特に表情を変えるでなく「こちらへ」と、すぐに瞳子たちを白狼の元へと案内する彼女に、拍子抜けしたのも事実。
だが内心で、瞳子は納得もしていた。
(ささいなことだけど、私にとっては大事なことだったのかも)
もっと、桔梗がそうであったかのように、この“花子”である菖蒲が瞳子に対し、親身に接してくれていたら───瞳子がいま、“神獣”赤狼の“花嫁”でなかった可能性も、あったのかもしれない。
ちら、と、思わず振り仰ぐ先には、瞳子に連れ添う双真がいた。
無言でうなずき微笑みを返す様は、絶対の信頼と安心を感じさせ、瞳子に白狼───樋村と向き合う勇気をも与えてくれる。
「───お連れいたしました」
通された一室。
廊下で控えると告げた双真を残し、瞳子は中にいた銀色の長い髪の青年と向き合って、座る。
退出時、障子戸を閉めようとした菖蒲を制するのを忘れずに。
「構わないわよね?」
「もちろん。瞳子さんのいいようにしてください。僕は今日、あなたがここに来てくれただけで感激なので」
刺刺しく確認をとる瞳子に対し、やわらかく応じるその口調───その、呼びかけ。



