神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

“禁忌”、と、保平の口から出た単語に、瞳子は息をのんだ───そう、瞳子は【口にだしてはいけない“神獣”の真名】を、口にだしてしまったのだ。

(口にだしたら、殺されるって……)

それは、いつ、誰に、なのだろうか───?

嫌な胸の高鳴りと共に、瞳子の身体が小刻みに震えだす。

「まぁ、良い。そなたの身体も我の手のように、(わに)の餌食になるのが落ち。
───おお! そうじゃ、さっそく白い“神獣”を呼び寄せてみるか。────!」

軽く手をはたき、保平が白狼の名前を口にだした、次の瞬間。

「───愚かな」

耳に心地よく響く、その声。
嬉しさのあまり、瞳子はそちらを見たが、すぐに失望に変わった。

(誰……!?)

唐突に、人や物が現れたり消えたりする現象にはだいぶ慣れた───“陽ノ元”とは【そういう世界】なのだという理解を、体感として瞳子は得ていた。

それでも───。

頭から白い絹衣を被った、おそらく男。なぜならその声は、瞳子がよく知る愛しい存在と同じ声質だったからだ。

ゆるく波打つ赤茶色の髪は長く、長衣(ながぎぬ)から伸びた両腕には流れる水と渦を表すかのような模様が刻まれていた。

「ひぃっ」
「……只人(ただびと)でありながら“神獣(かみ)”の名を口にするとは、(おそ)れを知らぬ不届き者と見える」

その男の片手が、保平の首をつかみ上げ、そして───。