ふいに美穂は、立ち止まって後ろを振り返った。

そよ風に揺れる木々。
青い空に浮かぶ、わた雲。
小鳥のさえずりと、蝉時雨(せみしぐれ)
草いきれが、鼻をつく。

「……っ」

名前を呼ぼうとして、のどを抑える。

声が出ない。
自分は、彼の真名(なまえ)を知っているのに。

「なんだよ、肝心な時に、呼べないなんてっ……」

嘆くことはできるのに、口にしたい彼の名は、のどの奥でかき消される。
───美穂のなかで生まれかけた想いと、同じように。