「そういえば愛華さんのピアノの発表会いつだっけ?」


「再来週だよ」


 レッスンに通っているピアノ教室の発表会である。今回は連弾ではなく、一人での演奏となっている。


「聴きに行ってもいい?」


「え!本当!?」


 椿が応援に来てくれたら、愛華はきっと素晴らしい演奏ができるに違いないのだ。


「ぜひ来てほしい!」


「うん、行くよ」


 愛華は嬉しくて、自然と笑顔が零れてしまう。そんな愛華の頭を椿が優しく撫でた。


「え?」


 驚いて彼を見上げると、何故か椿自身も驚いていた。


「ご、ごめん!なんか、急に頭撫でたくなったつーか…?」


「え、え…?」


「いや、ほんとごめん。女の子に急に触るとか最低だよな。本当にごめん…」


「え、いやいや!私は全然気にしてないから!」


 あまりに深々と反省する椿が可笑しくて、愛華は笑ってしまった。


(ていうか椿くんになら、触られたいし…。って何考えてるんだろう私!)


 愛華は思い切り頭を振って自分の考えを消し去る。


(私と椿くんはそういう関係じゃない。友人!大切な友人なんだから)


 もちろん愛華としては恋人関係を諦めたわけではない。あわよくば、と薄っすら思っていたりする。けれど今は、お互いにとってこの距離が一番心地良いのだと思う。


「ともかく、発表会頑張って!」


「うん!」


(椿くんの応援があれば、どれだけだって頑張れるよ)


 水原にも、麗良にも、良きライバルだと思ってもらえるよう愛華は発表会に向けてますます気合を入れる。




 暖かくなって、春が来て。


 けれど愛華達の春はやって来ない。




 好きな人には、別の好きな人がいる。


 初恋は叶わない。



 しかし春はもう二人の足元までやってきていた。



 それに気が付くのは、もう少し先のお話だ。





終わり