「お~にゃんこ~~にゃーにゃー」


 校舎の隅で、猫がお腹を見せてゴロゴロと転がっていた。その姿があまりに可愛らしくて、愛華は駆け寄ると猫のお腹を優しく撫でた。ぐるぐるぐると猫の喉が鳴る。


 春休み目前。すっかり暖かくなり、一気に桜の蕾も膨らんだ。コートもマフラーももう使う日はなさそうだった。


 学校の敷地内でよく見掛けられるトラ模様の猫。この辺で飼われているのか、野良の子なのかは分からないが、生徒から絶大な人気を誇っている。


「にゃーん可愛いなぁ~」


 愛華が猫にメロメロになっていると、真後ろからこほんとわざとらしい咳払いが聞こえた。


 ぎくりとして振り返ると、そこには居たたまれないといった様子の椿がいて、愛華は顔を真っ赤にした。


「み、見てた…よね?」


「うん…ちょっとだけ…」


 愛華は更に顔を真っ赤にさせると、さっさと門に向かって歩き出す。その愛華に慌てて声を掛ける椿。


「あ、おい、愛華さん!待ってよ」


 椿が横に並ぶのを見て、愛華は少し頬を膨らませて拗ねて見せた。


「椿くん、もっと早くに声掛けてよ」


「いやなんで俺が怒られるんだよ。にゃんにゃん言ってた愛華さん、可愛かったのに」


「かわっ!?」


 あれから愛華と椿は、以前と変わらぬ友人関係のままだ。けれどお互いの気持ちを吐露し合ったせいか、以前よりも少し打ち解けたような気がする。


 どうやらついに美音と藤宮が付き合い出したらしく、椿は邪魔をしないよう、二人とは少し距離を置いているようだった。


 そこに愛華が声を掛け、椿が暇なときに一緒に過ごすようになった。


 愛華としては椿の二人に対する心遣いを利用しているようで、少し心苦しくもあったが、愛華は椿といられて嬉しい、椿も一人寂しくならなくていい、ということでこれは神様がくれた有難い時間なのだと言い聞かせることにした。


 一度は距離を置こうと考えていた愛華だったが、このような形になって少しほっとしていた。


(私、やっぱり椿くんがいないと駄目かも。振り向いてくれることはなくても、一緒にいられるだけで幸せだ)