定期試験の迫る、とある日の放課後のこと。


 試験期間ということで、どの部活動も一週間は部活動停止期間だ。いつも音楽室を使わせてもらっている愛華も、部活動ではないにしろこの期間は使用を中止させられていた。


 素直に帰宅して一人で勉強すべきか、クラスに残っている子達と一緒に教室で勉強すべきか。愛華が悩みながら、廊下のロッカーの前で教材を取り出していると、目の前にふんわりと優しい香りが広がった。


「愛華ちゃん!」


 自分のロッカーから顔を上げると、そこにいたのは美音だった。


「美音ちゃん」


 美音は相変わらずの明るく眩しい笑顔を愛華に向けてくる。麗良のそれとは違った、根っからの穏やかな優しい笑顔。美音はきっと愛されて真っ直ぐに育ったのだろうなぁ、と彼女の顔を見て思った。


 美音はにこにこしながら愛華に話し掛けてくる。


「ねえねえ、愛華ちゃんもう帰っちゃう?」


「え?」


「今からね、教室でみんなでテスト勉強するんだけど、良かったらD組来ない?」


「あ、えっと…」


 美音からの誘い自体はかなり嬉しい。しかし、愛華には危惧する点が二つばかりあった。


 一つは、愛華が美音に対して失礼なことを言ってしまわないか、ということ。


 美音は大切な友人であり、愛華にとっては恋敵でもある。この恋の闘いはとっくに愛華が負けてはいるのだが、美音への嫉妬心から美音を傷付けるようなことを言ってしまわないか気が気ではない。


 二つ目は、もしかしたら教室に椿がいるかもしれないということ。


 この前公園で泣いていた愛華に優しく手を差し伸べてくれたというのに、愛華は不遜な態度を取ってしまった。そんな椿になんて謝ったらいいか分からないし、失恋してはいるが好きなことには変わりない。要するにどんな態度で彼と接していいのか分からないのだ。


 困ったように眉を下げる愛華をどう思ったのか、美音は更に距離を詰めてきた。


「しみしみチョコもあるよ!どう?食べたいでしょ!?」


 これならきっと愛華は来てくれるに違いない、と発想する美音が愛華にはとてつもなく可愛く感じた。裏表のない、ただ純粋に愛華と一緒に勉強がしたい、そう伝わってくるようだった。


(そういえば以前、同じように椿くんから誘われた時も、ドーナツで私のこと誘ってたっけ。二人共本当にそっくりだな…)


 愛華が食いしん坊だと思っているわけではないと思うが、喜んでくれるかな?と想ってくれての提案だろう。


 愛華は苦笑いを零しながらも、美音の提案に頷いた。


「分かった。教科書まとめたらD組行くね」


 愛華の返答に、美音は目を輝かせて頷いた。


「うん!待ってるね!」