(男女が一緒に帰ることって、普通のことなの?そんな気軽に誘ってもらえるものなの?)


 隣を歩いている椿を横目でちらりと見ながら、愛華は推理をする探偵のように顎に手を当てて考えてみる。


(三浦くんはきっと男女共に友人が多い。だから友人が女子であろうが気兼ねなく誘える…もしくはかなり女の子慣れをしていて、女子と帰るのなんて当たり前、とか?)


 前者であってほしい。後者の椿など考えたくもないが、あり得る…だろうか…。


 愛華は高校二年生になるまで恋をしたことがなく、ずっとピアノ漬けの毎日だった。もちろん男子と遊んだことなど一度もない。水原のようにピアノ教室にも男子はいたから、特段苦手というわけではないが、ピアノの話題以外をほとんど話さないので、男子はどんな話をしたら楽しいのかはよく分からなかった。


(三浦くんって、どんなものが好きなんだろう。どんな話をしたら楽しんでくれるのかな)


 愛華が悩んでいるうちにも、椿が次々に話題を振ってくれる。


 音楽科ってどんな授業すんの?普通科と結構違うの?、ピアノ楽しい?いつから習ってるの?、数学の先生うちのクラスと一緒かな、あの先生さ、など、椿にとってはこの場繋ぎの他愛無い質問なのかもしれないが、愛華にとっては自分に興味を持ってくれているようですごく嬉しかった。仲良くなろうと思ってくれていたら更に嬉しい。


 愛華はふと、今日の昼休みの廊下での出来事を思い出した。


「あの、三浦くん」


「なに?柏崎さん」


 あの時椿は友人?の女の子のことを名前で呼んでいた。誰にだってそうかは分からないが、愛華はおずおずと切り出してみた。


「その、柏崎さん、って、ちょっと言いにくくない?もし三浦くんが抵抗ないなら、愛華って呼んでくれると嬉しいんだけど…」


「え…」


 椿は一瞬思案して、少し困ったように眉を下げる。やはり迷惑だったのだろうか。


「あ、ご、ごめん!無理にとは…」


 愛華が申し訳なく思っていると、「あんまり女の子のことは呼び捨てで呼んだりはしないんだけど…」と言って、少し照れくさそうに愛華を見る。


「愛華、…さん。でもいい?」


 愛華さん…愛華さん…愛華さん……。


 椿が呼んでくれた自分の名前を、愛華は噛みしめるように反芻する。


「ありがとう!ぜひそう呼んでください!」


 愛華の前のめりな反応にほっとした様子を見せた椿は、「俺のことも椿でいいから。みんなそう呼ぶし」と言ってくれた。


(つ、椿、くん…!)


 男子のことを下の名前で呼ぶなんて、初めてのことだった。


「うん!椿くん!」


 愛華は溢れんばかりの笑顔で椿の横を歩く。


(初めての恋は、すごく幸せな恋だ)


 そう愛華は温かい気持ちに包まれていた。