足下からじんじんと染み入る寒さに、ぶるり、と身体が震える。
そうなると、なんで交通機関が麻痺する程の雪が、こんな所まで降るのだろうか?なんて、心の中で悪態をつき、思い切り舌打ちをしながら歩幅をなるべく寒さを取り込まないよう狭くしながら、歩き続け…ふと、足元に落としていた視線の向こう側に影がある事に気付いて、前を向く。
胸が焼き切れるとは、正にこのことだろうか。
久しぶりの帰路の途中で、視界に入ったのは…鼻を赤くしながら見覚えのあるマフラーをぐるぐる巻きにした、彼が立っていた。
そのことにまだ状況処理出来ていない脳をフル稼働させていると、向こうが私に気付いて近寄って来た。
反射的に一歩だけ足を引いてしまう。
けれど、そんなことはお構いなしに、彼が口を開いた。
「…おかえり」
「…っ、た…ただいま…」
「………」
「……………」
何処か棘のある、第一声に困惑する私。
だから、会話を上手く繋げられない。
それに痺れを切らしたのか、彼がまた口を開いた。
「…久しぶりだな」
「…そう、だね」
「元気してたか?」
「…うん」
喉がカラカラになって、呼吸が止まってしまいそうだった。
それ以上、何を話したら良いのか分からず、目を泳がすと私よりもずっと高い位置から、深い溜息を吐かれる。
「ほら。荷物貸せよ」
「え、や、コレくらい大丈夫だよ。そんなに大した物入ってないし、もうすぐ家に着くから」
「いいから。ほら」
ぐいっと手を出されて、その手が私の知っている頃の彼よりも、大きくてゴツゴツとした大人の手と変わり果てていることに、ほんの少しの寂しさを感じた。
「……。ん。ありがと」
おずおずと、手にしていたキャリーバッグと、肩に掛けていたボストンバッグを手渡すと、彼は少しだけ顔をしかめる。
「こんなの、全然大した物じゃねぇだろ。十分重いわ」
なんて、少しお怒りモードで…。
互いに離れてからの四年間は、想定外の温度差があり、何年も自分を保護する為に、薄い膜で覆われた水槽みたいな場所で丸くなっていた、自分の小ささに驚くと共に、23歳という年齢になってより洗練された、大人らしい彼と、22歳とは言え、あの頃と全く成長していない私とでは、やっぱり心の距離は縮まらないということを痛感する。
「なぁ…」
「え…?」
「なんで…」
「…?」
「や…いい。やっぱなんでもねぇわ」
私よりも少し前を歩く彼が、此方を振り向くことなく、素っ気ない感じで何かを言い掛けてから、口を噤んでしまった。
それが、尚更私の不安を募らせるけれど、それ以上踏み込むな…という、彼から滲み出ているオーラに当てられ、私はぐっと、言葉を飲み込んだ。
もう、家まで歩けば十分も掛からない程の距離。
その間、彼との会話は一切なかった。
何かがおかしくて、もどかしい。
でも…。
彼にまた迷惑を掛けるくらいなら、何かを口にしない方がいい。
そんな事を思いながら、永遠とも思われるくらいに、二人の足音だけがアスファルトに吸い込まれていく。
『好き』
たった二文字がこんなにも重い。
風化していると思っていた気持ちは、いとも簡単に…まるで紙が水を吸い込んでひたひたになるくらいの勢いで蘇ってしまった。
深く、自分の中に四年もの間燻らせていた想いは、もう早々と白旗を上げて、私の中にあった楔を全て溶かしていく。
あんな別れ方をしたからこそ、だ。
だって、あんなことがあって…。
それなのに素知らぬ顔をして、普通にあのまま彼と接するなんて、あの時まだ17歳だった私には出来るはずがなかった。
じくじくと、未だ血を流し続け痛む胸は、やっぱりたった四年では治ってはくれないことを、私は恨んだ。
二人並ぶこともなく、ただずっと無言のまま歩き続け、気付けば家の前まで着いていた。
それなのに、彼はくるりと振り返って、じっと私の顔を見下ろしながら見つめるばかりで、一向に荷物を返してくれる様子がない。
「えっと…えいちゃん…?」
「……」
「その、荷物、返して?家入る、から」
「美南」
「…え?」
とくん、とくん
四年ぶりに聞く、彼の私の名前を呼ぶ声に、鼓動が早まった。
でも、極力それを表に出さないように、頬の内側に歯を立てて、なんとか冷静さを保って彼の目を見つめ返す。
「なぁに…?」
「…お前、これからはずっとこっちにいるのか?」
「…え?」
「…あー…いや。ほんと、なんでもない。悪かったな、引き留めて。ほら、荷物。重いんだから、気を付けて入れよ」
じゃあな、とそれだけ言ってくるりと方向を変えて、その場を去ってしまう彼の背中に、咄嗟にあの頃のように「好きだよ」と言ってしまいそうになったけれど、開きかけた口をなんとか手で押さえ込んで、我慢をした。
そうなると、なんで交通機関が麻痺する程の雪が、こんな所まで降るのだろうか?なんて、心の中で悪態をつき、思い切り舌打ちをしながら歩幅をなるべく寒さを取り込まないよう狭くしながら、歩き続け…ふと、足元に落としていた視線の向こう側に影がある事に気付いて、前を向く。
胸が焼き切れるとは、正にこのことだろうか。
久しぶりの帰路の途中で、視界に入ったのは…鼻を赤くしながら見覚えのあるマフラーをぐるぐる巻きにした、彼が立っていた。
そのことにまだ状況処理出来ていない脳をフル稼働させていると、向こうが私に気付いて近寄って来た。
反射的に一歩だけ足を引いてしまう。
けれど、そんなことはお構いなしに、彼が口を開いた。
「…おかえり」
「…っ、た…ただいま…」
「………」
「……………」
何処か棘のある、第一声に困惑する私。
だから、会話を上手く繋げられない。
それに痺れを切らしたのか、彼がまた口を開いた。
「…久しぶりだな」
「…そう、だね」
「元気してたか?」
「…うん」
喉がカラカラになって、呼吸が止まってしまいそうだった。
それ以上、何を話したら良いのか分からず、目を泳がすと私よりもずっと高い位置から、深い溜息を吐かれる。
「ほら。荷物貸せよ」
「え、や、コレくらい大丈夫だよ。そんなに大した物入ってないし、もうすぐ家に着くから」
「いいから。ほら」
ぐいっと手を出されて、その手が私の知っている頃の彼よりも、大きくてゴツゴツとした大人の手と変わり果てていることに、ほんの少しの寂しさを感じた。
「……。ん。ありがと」
おずおずと、手にしていたキャリーバッグと、肩に掛けていたボストンバッグを手渡すと、彼は少しだけ顔をしかめる。
「こんなの、全然大した物じゃねぇだろ。十分重いわ」
なんて、少しお怒りモードで…。
互いに離れてからの四年間は、想定外の温度差があり、何年も自分を保護する為に、薄い膜で覆われた水槽みたいな場所で丸くなっていた、自分の小ささに驚くと共に、23歳という年齢になってより洗練された、大人らしい彼と、22歳とは言え、あの頃と全く成長していない私とでは、やっぱり心の距離は縮まらないということを痛感する。
「なぁ…」
「え…?」
「なんで…」
「…?」
「や…いい。やっぱなんでもねぇわ」
私よりも少し前を歩く彼が、此方を振り向くことなく、素っ気ない感じで何かを言い掛けてから、口を噤んでしまった。
それが、尚更私の不安を募らせるけれど、それ以上踏み込むな…という、彼から滲み出ているオーラに当てられ、私はぐっと、言葉を飲み込んだ。
もう、家まで歩けば十分も掛からない程の距離。
その間、彼との会話は一切なかった。
何かがおかしくて、もどかしい。
でも…。
彼にまた迷惑を掛けるくらいなら、何かを口にしない方がいい。
そんな事を思いながら、永遠とも思われるくらいに、二人の足音だけがアスファルトに吸い込まれていく。
『好き』
たった二文字がこんなにも重い。
風化していると思っていた気持ちは、いとも簡単に…まるで紙が水を吸い込んでひたひたになるくらいの勢いで蘇ってしまった。
深く、自分の中に四年もの間燻らせていた想いは、もう早々と白旗を上げて、私の中にあった楔を全て溶かしていく。
あんな別れ方をしたからこそ、だ。
だって、あんなことがあって…。
それなのに素知らぬ顔をして、普通にあのまま彼と接するなんて、あの時まだ17歳だった私には出来るはずがなかった。
じくじくと、未だ血を流し続け痛む胸は、やっぱりたった四年では治ってはくれないことを、私は恨んだ。
二人並ぶこともなく、ただずっと無言のまま歩き続け、気付けば家の前まで着いていた。
それなのに、彼はくるりと振り返って、じっと私の顔を見下ろしながら見つめるばかりで、一向に荷物を返してくれる様子がない。
「えっと…えいちゃん…?」
「……」
「その、荷物、返して?家入る、から」
「美南」
「…え?」
とくん、とくん
四年ぶりに聞く、彼の私の名前を呼ぶ声に、鼓動が早まった。
でも、極力それを表に出さないように、頬の内側に歯を立てて、なんとか冷静さを保って彼の目を見つめ返す。
「なぁに…?」
「…お前、これからはずっとこっちにいるのか?」
「…え?」
「…あー…いや。ほんと、なんでもない。悪かったな、引き留めて。ほら、荷物。重いんだから、気を付けて入れよ」
じゃあな、とそれだけ言ってくるりと方向を変えて、その場を去ってしまう彼の背中に、咄嗟にあの頃のように「好きだよ」と言ってしまいそうになったけれど、開きかけた口をなんとか手で押さえ込んで、我慢をした。



