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目覚めた少女のその瞳には、あらゆる顔のいきものが映っている。
耳障りな高い音。
それは「みさき、みさき」と言っているのだが、少女にはその意味は分からない。
ただ、きんきんと、耳に五月蠅い。
突然、体が前後に振れた。
たくさんあるいきもののひとつが、少女の手をつかんだのだ。
少女はつかまれた感触のあるそれと、少女に触れたそのいきもののそれが同じような形をしているので、どうやら『じぶん』もこの目の前のいきものと同じような形状をしているようだ、と気がついた。
ここで初めて少女は、なにかを知覚する自己がいることに気付く。
少女は自己と言う言葉を知ってはいない。
自分とか、私とか、我と言う言葉も知っていない。
ただ、言葉を持たない動物のように『じぶん』がいるということに気が付いただけだった。
「美咲、僕がわかるかい。美咲」
和樹は美咲ちゃんと呼ぶのをやめていた。
つかんだその手のぬくもりを離さないように、必死に見つめ、名を呼んだ。
『じぶん』の手をつかんでいるいきものが、『じぶん』を見つめながら、なにかを発している。
美咲にその意味がわかるはずもなかった。
和樹のその声はなにかの響きでしかなく、少女には意味を全く解さない。
―――少女には、なにもかもが、わからないのだ。

(了)
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ご愛読ありがとうございました。
少女の恋心は、この世からすっかりなくなってしまいました……。
美咲の自己犠牲と儚い恋とを、和樹と共に悼んでいただければ幸いです。……
また次の作品でお会い致しましょう。



