ふわりと優しく微笑むと、凛羽は袂から手形を取り出した。
そして細筆がそこに美咲の求めるものを記した。
渡邊和樹 何処からでも何処へでも
美咲はそれを受け取ると、玲羽に手渡した。
受け取ると、玲羽はやるせなさそうに筆を取り出して裏面に名を書いた。
ようやくほっとした笑みが美咲の頬に零れた。
泣き腫らした少女の顔は、きらきらと輝くようだった。
「貴方の人生すべての記憶で、あと八枚の通行手形を作れます。
もちろん作らないこともできますが、先程言ったように差分をお返しすることはできません」
「もうなにも要りません」
即答した。
もし通行手形を作っても、美咲にはそれがなにか分からないだろう。
分からないものを渡す相手のことも、美咲にはきっとわからないはずだった。
「わかりました」
小さく頷くと凛羽は美咲に向って手を差し伸べた。
どうやらそこに手を重ねろと言うことらしい。
美咲は求めに応じて手を重ねた。
「よろしいですね」
「はい」
確かめるように頷いた。
その視線を待って凛羽が瞳を閉じたその瞬間、美咲の身体からなにかが吸い出されるように、なにもかもが通り過ぎて行った。
今ある記憶。
過去の記憶。
感じたこと。
思ったこと。
すべてが留まることなく早回しの映画のように流れて行った。
ごく僅かな時間だった。
終わると、美咲の体は糸の切れた操り人形のように、その場に倒れて気を失った。
少女を見下ろす二人は静かな視線を交わして、そして渡しの少年はそっと水底を突いた。
一艘の小舟がもう一艘から徐々に離れて行く。
川を下る舟の水音だけが響いている……。



