渡邊家の三男で、和樹は二人の兄とは年が離れていた。
美咲がよく遊んで貰った頃、和樹は二十歳やそこらだった。
渡邊家の男はもともと背が高く体格に恵まれていたが、三男だけがどうにも病弱で、家に籠(こ)もることの多かった幼年期を過ごしたせいか、和樹は少し気の弱い文学青年に育った。
二人の兄とは違って背ばかり高い生白い体に、母親に似て鼻筋の通った優しい面立ち。
髪は少し伸ばしていて、それがまたよく似合った。
ガラス玉のように薄い茶色い目をしており、それは兄弟の中で唯一父方の祖母から受け継いでいた。
いつもどこか自信なさげで、ともすればポキリといってしまいそうな儚げな風情(ふぜい)がある。
そんな軟弱な性質の青年であったから、年の離れた屈強な兄達に対するコンプレックスは甚(はなは)だ大きかった。
高名な師の目に掛けられながらもなかなか身を立てられない、なし崩しの文筆家。
経済的にはことさら苦しかった。
それでも彼はなかなかに裕福だった実家に頼ることはしなかった。
和樹にとって、小林家で書生として働き、極(ごく)稀(まれ)に東京の出版社から原稿代を貰いながら、細々とした生活を続けることは、男として生を受けたことの意地のようなものだった。
母は病弱で気の弱い末っ子に何度となく家に戻って来るように勧めたのだが、和樹はどうにもうんとは言わなかった。
そんな肩身の狭い思いをしていた叔父を、美咲はことのほか慕っていた。叔父を可哀想と思っていた。
和樹の父(美咲の祖父)や兄弟(伯父と美咲の父)とその細君が、時々発作のようにどこかへ旅に出てしまう和樹のことを、瘋癲(ふうてん)だのルンペンだのと悪くののしっても、美咲にとっては自慢の叔父様だった。
まるで絵に描いたように美しく、優しい叔父がなによりも好きだった。
ときどき和樹に色目を使って近寄って来る女がいると、美咲は幼いながらに嫉妬した。
わざと子供っぽのように二人がそういう雰囲気にならないように邪魔したものだ。
そんなことを思い出しつつ、寂しさばかりが住まう部屋を見渡した。
左右に積み重ねられた雑誌や原稿は、頑なになにも語ろうとしない。
ペン立てとインク壺の間にも空虚が漂っている。
箪笥(たんす)の上にも古本や古雑誌が。
それが、と言うよりかそればかりが。
唯一の装飾品らしき五色の花瓶は、うるおいを久しく失っている。
何んとも空しい。
障子を開ける前に感じたあのきらきらとしたものはどこへ行ってしまったのだろう。



