美咲が最後の頁を開いたとき、手の平に収まる位の白い厚紙を見つけた。
漉き紙に赤い紐の通っている。
投げ出した脚の間を、すうと冷たいものがすり寄っては去った。
細い指で拾い上げると、小さな紙片を握りしめながらしばらく動けなかった。
太陽はすっかり位置を変え、蝉はわんわんと鳴いていた。
――これは小説かしら? それとも本当? 本当……?――
美咲は混乱した。
自問を繰り返し、そしてようやくのろのろと立ち上がった。
握りしめた通行約束手形の感触は確かだ。
しかしこれが本当なのであれば、和樹叔父が肌身離さず持っているはずだ。
叔父は忘れたのだろうか。
それとも戯れか?
誰かがこのノオトを読むそのときのために。
まさか……。
熱い。
頭が燃えるように熱い。
それなのに背筋から腰のあたりまでが氷を充てられたように涼しい。
言うなれば、あまりにも、毒が強すぎる。
真実か作りごとか。
美咲にはわからない。
定まらないままに柱によろよろと寄り掛かった。
そして障子の開いた叔父の部屋を見た瞬間、はっとした。
――あれは。
ばらばらに崩れた原稿用紙の山の中に、随分と古めかしい本がある。
美咲は思わず倒れ込むようにしてその本を手に取った。
アンドリュー・ヘイケンズ。一八四七年発行。
間違いない。
叔父が高岡傑氏から借りた二度と返すことのできない本。
これに違いない。
少女はそのとき確信した。
和樹叔父の覚書は、事実なのだ。
信州のN県と言えば長野だし、中国のS県と言えば島根だ。
H町も避暑地だから限定できるのだし、位置からかんがみてK市は神戸だろう。
調べれば正確な町や人名も確かめられる。
新聞だって雑誌だって残っているだろう。
和樹叔父は身の上に起こった事実をここに記したのだ。
その瞬間、美咲の産毛が逆立った。
和樹叔父は狙われていた。
高岡と言う夫妻に。
叔父はまさか彼らに捕まってしまったのではないだろうか。
だとしたら和樹叔父は生きていまい……。
一気に血の気が引いて行くのがわかった。
どっ、どっ、と心臓が早鐘を鳴らす。
抗って理性でその考えを打ち消すことを試みる。
――まさか、まさか。
いくらなんでもこんなことがあったんだもの、叔父様が再び神戸を訪ねるはずがない。
まさか、だけど……。



